第8話 富士山を下りる 3

まさか!


俺は咄嗟に息を止めて黒蛾こくがから距離を取った


「正解だ」

「正解って......あれが鱗粉りんぷんってことか」

「ああ、よく避けれたな」

「で?どうするんだ?」

「戦うのは鱗粉を出すまでと言ったからな。ああなった以上今の祐樹ゆうきではどうにもならん。帰るぞ」

「帰るのかよ......」

「なんだ?まだ戦いたいなら戦っていいぞ。ただし死ぬなよ」

「いや、帰らせてもらうよ」


そうして俺達は黒蛾から距離を取った

やはり追ってくる様子もない


「やっぱり追ってこないな。なんでなんだ?」

「この前知らんと言ったはずだが...あの場所だけ守れれば十分なんじゃないか?」


そんなことを話しつつ俺達は山頂に戻って来た


「......身体強化解きたくねえ」

「まだ解かなくてもいいぞ。むしろ今は解くな」

「なんでだ?」

「その左腕の怪我のせいだ。今の内に治しておいたほうがいいぞ」

「そうだな。でもそんなに痛くはないぞ」

「身体強化を使っていたら強い痛みは多少マシになる」

「へえ、そうなのか」

「だから怪我をしても戦い続けやすい」

「ちなみにこの怪我はどんぐらいで治るんだ?」

「治癒力を強化するものだから人によるな。だがその程度の怪我なら2〜3時間と言ったところかの」

「そんなに使ってたら解いた後がものすごいことになりそうだが?」

「そのまま使っていたらな。それにそのままだと2〜3時間では終わらないぞ」

「じゃあどうするんだ?」

「身体強化の力を治癒力に集中させるのじゃ」

「そんなやり方知らないが」

「だから今から教えようとしているのじゃろう」

「じゃあ教えてくれ」


「まず腕の傷に集中しろ」

「ああ」

「そのまま身体強化の力を傷に集める」


傷に力を集める......どうやるんだ?出来そうにない


「しっかりとイメージするんじゃ」


イメージして

身体強化の力を傷に集める


「できているぞ。もう少しじゃ」


出来てるって......


「どうだ?神楽かぐら

「ようやくできたな、後はそれで治癒力を強化すればいい」

「どんなイメージをすればいいんだ?」

「さっきの力を集めることが圧縮のようなイメージだとすると、今度のは集めた力で傷を癒やすイメージじゃな」


癒やすイメージ......

癒やすイメージ......


「どうだ神楽?できているか?」

「少しは出来てはいるが......と言ったところじゃな」

「少しは出来ているんだな?じゃあ頑張るしかないな。でもさっきの力を集めるところから一気に難易度が上がったんじゃないか?これは」

「ああ、かなり上がっているな。力を集めるのが基礎だとしたら治癒力を強化するのは応用じゃな。」

「かなり難しくなってるじゃねえか!」

「もっと早くやることになると思っていたが祐樹は素の身体強化だけで飛蟲は倒すし、そもそも攻撃を避けてるから飛蟲から1度も攻撃を受けてないしで教えるタイミングがなかったのじゃ」

「というかそもそも貴様が怪我をしたから応用まで一気にやることになったのであろう」

「いやまあ、そうなんだけどな。けど蟲と戦ってる中で怪我したのを責めないでくれないか?」

「そろそろ集中しろ」

「あ、はい」


癒やすイメージ......って本当にどうやるんだ?


「......10分は経ってるがまだできそうにないな」

「難しすぎる」

「しょうがない、妾が手伝ってやろう」

「手伝うって?」

「妾が治癒力の強化を補助するのだ」

「......そんなことできるのか?」

「ああ、できるぞ」

「なんで最初からやってくれないんだよ」

「最初からやったらいつまで経ってもできないだろう?」

「いやまあ、そうなんだけどさ。今は基礎だった力を集めるって言うのができただけでいいんじゃないか?」

「その応用ができなければ黒蛾を倒せないぞ」

「治癒力の強化で?」

「それとは別だが治癒力の強化ができればおそらくできる」


そういえば神楽が治癒力の強化の補助をやるって言ってたな?


「神楽が黒蛾を倒すことってできるのか?」

「ああ、倒せるぞ」

「......どれぐらい簡単にだ?」

「そうだな...貴様にわかりやすく伝えるならば蚊を潰すぐらいじゃな。少し面倒だが簡単じゃ」

「蚊を潰すぐらい......?あの黒蛾が?」

「ああ、貴様も強くなればそれぐらいになると思うぞ。なんせ妾を持っているのじゃからな」

「......大体どれぐらいかかるんだ?」

「うむ......そうだな1000年ぐらいかの?」

「そりゃ強くなってそうだな。はあ、倒してくれればいいのに......」

「「それだと祐樹(俺)が強くならない」、だろ?」

「よくわかっているじゃないか、そういうことじゃ。というか言葉を被せてくるとは思わなかったぞ」

「まぁ治癒力強化の最初はやってやる。維持は自分でやるんじゃな」

「最初ができたら後は簡単か?」

「まあ維持だけなら基礎+αと言ったところじゃから貴様でもできるはずじゃ」

「わかった。やってみる」


そう言って神楽は俺の腕に触れた

傷が温かい。表面的だけでなく傷の内側からだ


「これが治癒力の強化じゃ」

「これはすごいな」

「まあ、これはあくまでも治癒力の強化じゃからこれを維持する必要があるがな。ここからの維持は貴様だけでもできるな?」

「ああ、多分できると思う」


神楽から言われた通り治癒力の強化を維持するだけならかなり楽だった

神楽が補助してくれた感覚があるだけで簡単さが違う


――――――――――――――――――――


3時間ほどした時神楽が話しかけてきた


「集中力が途切れてきているぞ」

「3時間もかかっていたらな」

「あと1時間ほどで終わると思うぞ」

「あと1時間......頑張るか」

「それができれば黒蛾とも戦いやすいじゃろう」

「違う技術らしいけどな」

「まぁあと1時間じゃ、頑張れ」

「おう」


――――――――――――――――――――


「神楽、そろそろ良さそうか?」

「傷を見せてみろ......もう大丈夫じゃろうな。もう身体強化を解いても大丈夫じゃぞ」


待てよ......なんだかんだ言って6時間ぐらい身体強化使ってるぞ?


「解きたくないんだが?」

「諦めろ」

「諦めろって......こっちは毎回死ぬ覚悟で解いてるんだぞ」

「死なないと言っておる」

「死ななくても、だ」

「また覚悟を決めればいいだろう?」


神楽は相変わらずちょっとズレてるな、と思いつつ身体強化を解く

身体強化を解きながらなんだかんだ言って慣れてきているのかな、などと思っていた


また俺は3日間気を失っていたらしい

やっぱり主に痛みで......

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る