アスランの物語 5



 これは、一体、どういうことなのか……。


 俺は我が目を疑った。



 目の前にいるのは、あのククリ・メルア……、


 のはず、なのだが……。




「ど、どうかな……、アスラン……」



 言うと、少し照れたように、唇を尖らせ下を向くククリ。



 これは、つまり、なんというか……!






 ――か、可愛い!!!!



 可愛すぎるのだがっ!!






 しかし、なぜククリは女性もののドレスを身にまとっているのか!?




 俺の方に歩いてこようとしたククリは、履きなれない女物の靴に、つまずきそうになる。


 俺は慌てて近づき、その腰に手を回した。



 ――これぞ、役得!!!!




 しかしその時の俺は、すでに誰にも内心を悟られることのない鉄壁の仮面を身に着けていた。


 もちろん、己の心に潜む野獣のような性欲を、ククリに悟られないよう会得したものである。




「素敵なドレスですね」



 俺は敢えて、ククリ本人には言及しなかった。



 ――なぜなら……、



 そんなことを一言でも口にしようものなら、心の中のうごめく黒い感情が一気に吹き出し、今にもこの可愛らしいククリに襲いかかろうとするからだ。



 ――だから、俺は平常を装った。




 だが、このククリの女装が俺のためのものである、と知った時はあまりの嬉しさに叫びだし、その場から駆け出したい衝動に駆られた。



 それまでの俺は、どこかで諦めの感情も持っていたのだ。



 なぜなら、公爵家の三男であるククリと、辺境伯の長男である俺には、どうやっても未来がない。


 ククリも俺も、王立アカデミーを卒業すれば、それなりの令嬢と婚約し、結婚する……。



 そんな決まりきった未来に、抗うすべはないと、思っていたのだ。




 だが、こうして女物のドレスを身にまとい、俺にエスコートされたククリを目の前にし、俺は思った。





 ――これは、もしかしたら……、イケるのでは!?



 と……。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 そうなってくると、俄然邪魔な存在として浮かび上がってきたのは、ククリの結婚相手の候補者――、我が妹・ヴィクトリアだった。



 ヴィクトリアと俺は、見た目も性質も似通ったところがあり、以前から仲が悪いといったことはなかったが、とりたてて仲良しという関係でもなかった。


 ヴィクトリアは兄として俺を尊敬しているし、俺もヴィクトリアを妹として慈しんできた。


 ――表面的には!




 兄と妹、それ以上でも、それ以下でもない関係。



 俺はヴィクトリアと、何でも語り合える仲の良い兄妹としての関係を構築してこなかったことを、この時痛切に後悔した。


 もし、心の底から兄想いの妹であれば、兄の愛するククリという婚約者を、喜んで俺に譲ってくれたであろうに……。


 


 ヴィクトリアは強い男が好きだ。


 もし、ククリのあの剣術を目の当たりにしてしまったら、兄である俺のために自ら身を引くという可能性はゼロに等しくなる……。




 ――なんとかして、ククリとヴィクトリアの婚約を阻まなくては……!




 だが、そんな考えは杞憂に終わった。





 ――なんと俺は、メルア公爵家から、ククリとの結婚の打診を受けたのだ!




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