アスランの物語 6



「そんなっ! 私はそんな条件、絶対に承服できません!」


 ――喜びも束の間、俺は呼び出された王宮内の一室で、大声で反論していた。



「落ち着きなさい、アスラン」


 感情の起伏の全く感じられない声で諭すのは、俺の父親……、ベリーエフ辺境伯。



「父上っ、こんな話、荒唐無稽です。私は、ククリ様と結婚するのですよっ!

それが、なぜ、こんな……っ!」



「だから、この結婚自体が、お遊びだと言っているのよ、アスラン」



 厳しい声に顔を向けると、ククリと同じハシバミ色の瞳が、こちらを見つめていた。


 ククリの母親……、そしてこの国の王の末娘、エルミラ・メルア。



「アスラン、よく聞きなさい。

ククリはただ、結婚というものに憧れているだけなのよ。

あなたも知っているでしょう? ククリは、その手のことに何の免疫もない、天使のような子なの。

あなたを好きだと言っているのも、ただ、その辺の犬や猫が可愛くて好きだとか、そんなこととほとんど意味は変わらないのよ。

ただ……、そんなククリの可愛らしい願いを、私は叶えてあげたいと思っているの。

ククリの我がままに、付き合わせてしまって申し訳ないとは思っているわ。だから……」


 妻の言葉に、夫であるメルア公爵が続けた。



「アスラン、本当に我が子の気ままに付き合わせてしまって、メルア家としても申し訳ないと思っている。

もちろんこの条件を受け入れてくれれば、ベリーエフ家へはそれなりの補償をするつもりだ。

それに、アスラン、君も、ククリと結婚するとはいっても、外で女性と会ったりすることを、私達は咎めるつもりはない。

なんなら、私の……友人の知り合いがやっている紳士向けの高級娼館を紹介しても……」



「あなたっ!!」


 声を荒らげたエルミラに、メルア公爵は黙った。



「私は……、ククリ様を愛しています! ほかの女性など、考えることもできません!

結婚するからには、普通の夫婦が閨でするようなことも、もちろんククリ様としたいと思っています!」



「まあああああっ!!」


 俺の言葉に、エルミラは目を吊り上げ、羽の扇で口元を隠した。



「真面目で従順そうな顔をしていると思っていたら、なんとおぞましい!! 一皮むけば、森にいる魔獣と何ら代わりはないじゃないの!

私の天使に、この男は狼藉を働こうとしているのよっ、あなたっ!」



「まあまあ、殿下……、そう興奮ならさずに……!

アスラン、男として君の気持ちはよくわかる。ただ、ククリは本当に何も知らない子なんだ。

きっと、この結婚も長くは続かないだろう。もちろん、離縁したあとは、この国のどんな令嬢とでも縁談を整えよう!

この結婚自体、なかったことにしたっていい! だから……」



「メルア公爵様、私はそんなことを言っているのではありません!

私は心から、ククリ様のことを……っ!」





 ――こんなやり取りが、王宮で何十回も繰り返された。


 



 夢にまで見た、ククリとの結婚。


 だがその条件は、結婚しても、ククリには指一本触れるな、というもの……。


 もちろん、そんな条件を呑むつもりなど、さらさらない俺は、ひどく反発した。



 だが……、



「ルカ・レオンスカヤが、この条件でククリと結婚すると言ってきているわ。

アスラン……、どうするの?」


 エルミラ・元王女の奸計に、俺は屈するしかなかった……。




 ただ、俺の父親の説得もあり、ククリをレディとしてエスコートする際に触れること、また軽いハグとおやすみの額へのキスだけは、俺に許されることになった。



 そして……、


 俺の義理の母となるエルミラは、大きな過ちを犯した。


 俺の口車に乗せられ、売り言葉に買い言葉で、もし俺たちの結婚がククリの20歳の誕生日まで円満に続けば、ククリと俺が本当の夫婦になることをしぶしぶ認めたのだ。


 もちろん、性的に結ばれることも含めて……。




 俺は心に誓った。


 ククリが20歳の誕生日を迎えるまでは、心を無にして、ククリへの邪な思いはすべて封印し、ただククリのそばにいることにしようと。


 絶対に俺の荒ぶる心の内は誰にも悟られずに、ただ、ククリの忠実な騎士ナイトとして、ククリのそばに仕えようと。




 ――そして、ククリが20歳になったその時……、


 俺はククリにすべてを打ち明け、ククリのすべてを手に入れよう、と……。



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