第32話

「ああーっ、おいたわしや、ククリ様!

ああっ、私は旦那様に、一体なんと説明すればいいのか……」


 俺を目にしたネリーが、震える声で呟いた。





「くっ、無念……っ」


 ウィッテ邸の庭にうつ伏せに倒れている俺。




 そう、俺はアナスタシアと剣を交える前に、長剣の重さにふらつき、なにもない地面につまずき、顔面からぶっ倒れてしまったのだった……。



 要は、アナスタシアの、不戦勝……。




「ククリ……、アンタ見ないうちにすっかり弱くなったわね。

これじゃ、ウチの見習い騎士にも、瞬殺されるわよ!」



 アナスタシアの呆れ声が、俺の頭上から降ってくる。



「うっ、うるさい……、俺だって、好き好んで、こんな……」



 ーーいや、好き好んで女装していたのは何を隠そうこの俺なのだが!!




「はー、情けない。

じゃ、時間もないし、私はもう行くわ。

ネリー、かすり傷だろうけど、手当するなら家のものに話をしておくわ。部屋に一通りの薬は揃ってるから」



「アナスタシアお嬢様、いつもありがとうございます」


 あれほどアナスタシアをこき下ろしていたというのに、すっかり従順になったネリーが頭を下げる。




「ま、待て……!」


 俺は倒れたままなんとか顔を上げ、右手をアナスタシアに向かって伸ばした。



「な、何? ククリ。もしかして打ちどころが悪かったの?」


 俺の前にしゃがみこんだアナスタシアの手首を、俺はむんずと掴んだ。



「待て、俺の話を、聞け……っ!」


「ヒッ!」



「アナスタシア、そんなにリボンが過剰についたドレスを着て、一体どこに行くつもりだ!」


 アナスタシアは俺の手を振り払った。



「フンっ、私がどこへいこうと勝手でしょ?

まあいいわ、教えてあげる。私はこれから、デエト! デエトに行くのよっ!!」



 仁王立ちしたドレスの裾から、ショッキングピンクのハイヒールがちらりと見えた。




 ーーデート、だと!!??



 俺はカッと目を見開いた。



 ーーこのままではいけない!!




「絶対に、駄目だっ!」


「へ?」



「駄目だ、そんな格好では絶対に行かせられない! 

ーー君にその色のドレスは似合わない!!」


 俺は這いつくばったまま、なんとか上半身を起こした。



「は!?」


 アナスタシアの眉間に、シワが寄る。



「着替えよう、アナスタシア!! ついでに、メイクも、直してあげる。

せっかく、素材がいいのに、その白塗りはもったいない……!

俺の手にかかれば、黒ギャル……、じゃなかった……、白塗りおてもやんも

あっという間にゴージャス令嬢に早変わりだよ!!

……お願いだ、アナ! 後生だ! 俺を信じて!!

俺に、君のトータルコーディネートを、させてくれ!!!!」



 最後の頼みとばかりに、声を振り絞る俺……。




「……ゴージャス、令嬢……?」


 アナスタシアがはっと息を呑んだ。





 こんなところで前世の職業病が出てしまった俺。


 そう、俺は当初の目的も忘れ、目の前のおてもやんなアナスタシアを、見目麗しい姿に変身させることしか、もはや考えられなくなっていた。



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