第13話
「じゃあ、おやすみ、ククリ、また明日」
結局、最後のデザートまで、親鳥に餌を与えられるひな鳥よろしく、アスランの手ずから食べさせられた俺。
なぜかとても満足そうな顔をしたアスランは、食事を終えて、ダイニングから出たところで、俺に夜の挨拶をした。
――これも、いつものこと。
だが、前世を思い出し、男女、もしくは同性同士のあれやこれや、そして結婚生活というものについてのいわゆる一般常識を思い出した俺は、この結婚がとことん異常であることをあらためて実感していた。
夕食を終えた俺とアスランは、毎日、屋敷の玄関ホールから西と東にわかれた階段をそれぞれ上がって自室に戻る。
そう、俺とアスランの寝室は別々で、屋敷二階の端と端にあるのだ。
まるで、それは……、絶対に、夜の生活は行わない、と互いに誓った熟年夫婦のような配置だった。
そして、アスランの部屋には鍵だけではなく、ご丁寧に結界まで張られ、深夜の俺の侵入を阻んでいる。
ある大嵐の夜、窓に打ち付ける雨音があまりに怖かった俺が、アスランの声を聞こうとアスランの部屋を訪れたとき、魔法要塞のように外部から遮断されたアスランの部屋の扉に衝撃を受けたことを覚えている。
というわけで、もちろん、俺たちは……。
――セックスはおろか、マウストゥマウスのキスすらもしたことがない!!
結婚式にお決まりの「誓いのキス」ですら、俺とアスランの結婚式の式次第からはスッパリと抜け落ちていた。
これにはおそらく、アスランの俺との結婚についての強い意志が反映されているに違いなかった。
俺との結婚については、これ以上ない圧力についに屈し、嫌々ながらも了承したが、俺との性生活については断固として拒否したのだろう。
俺との結婚生活に関する、アスランとメルア家とのさまざまな取り決め……。
このような条件の互いの擦り合わせに時間を要していたため、アスランは俺へのプロポーズをあれほど遅らせていたのだ。
しかし、こんな異常ともいえる結婚生活を、なぜ俺はさして疑問も抱かずに2年近くも続けていたのか…‥?
その答えは、やはり、俺の母親であるエルミラ・元王女にあった!!
末っ子である俺を猫っ可愛がりして『私の天使』と呼んでいた母。
そう、俺が前世のことを思い出すまで、俺の性に関する知識はおそらく5、6歳の子供と同じくらいしかなかった。
エルミラをはじめとした俺の家族は恣意的に、俺を性的な情報すべてから遠ざけていた。それは俺が年頃になっても変わらず、そして14歳で女装してからはその傾向がより顕著になった。
俺の長兄も次兄もすでに結婚し、長兄には娘も産まれていることから、兄貴ふたりがそのような育て方をされていた様子はない。
三男の俺ただ一人が、『まるで天使のような存在』として、性的知識を何も持たない、まっさらな存在としてメルア家で育てられたのだ!
なにしろ、男と女が同じベッドで寝れば、しばらくするとコウノトリが赤ちゃんを運んできてくれる、と本気で信じていた俺!
「貴方を運んできてくれたコウノトリさんは、とっても羽が白くて、くちばしが長かったのよぉ~!」という世迷言を俺に吹き込んだエルミラの罪は重い!
どうやったら子供ができるかという知識はおろか、男女の違いすらいまだによくわかっていなかった俺。
だから……、
まるで性的触れ合いのないアスランとの結婚生活にも、そこそこ満足していたのだ……。
「すぐに寝るとお腹にもたれるから、まだすこし起きていたほうがいいよ」
アスランは言うと、そっと俺に身を屈めた。
長身のアスラン……。
その息が俺の耳元にかかり、俺の心臓はぎゅっと締め付けられる。
「……お休み、いい夢を」
前髪越しに、俺の額にキスをする。
これが、今の俺とアスランとの精一杯のふれあいだ。
「おやすみ……、アスラン……」
近づこうとする俺に、そっと腰をひくアスランに、俺は嫌でも気づいてしまう。
――やはり本能的に、俺を受け入れることは、できないのだ……。
アスランは優しい。
人前でも俺を伴侶として扱い、性的なかかわりこそないが、二人きりの時も、家族としてとても大事にしてくれている。
だが……、
アスランの本心を知った今、俺の心にはどうしようもない醜い澱がたまっていくようだった……。
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