第12話

 メイドのネリーが、憐れむような眼差しを俺に向けながら、俺の眼の前にメインディッシュの皿を置いた。



「……っ!!」



 ――アスランの眼の前にあるのは、赤ワインのソースがかけられた分厚い牛ヒレステーキ。




 だが、俺の眼の前にあるのは……、


 ――ナッツとドライフルーツのみ!!!!




 そうだ、俺はすっかり忘れていた!



 正真正銘の男である骨太の俺が、女性モノの細身のドレスを着るため……、


 俺はいままで壮絶なダイエットをしていたのだ!



 基本的に食事はスープとサラダのみ。チーズや肉、魚は一切口にせず、たまにナッツとドライフルーツをつまみ、腹が減ればブラックティーをがぶ飲みして気を紛らわせる!


 チョコレートやケーキなど、とんでもない!!

 そんなものは女物のドレスに身を包んだ14歳のあの日に、俺の人生からすっかりサヨナラした!


 ……という、まるで一昔前のパリコレモデルも真っ青なストイックすぎる食生活を、今までの俺は自分に強いていたのだ!




 ――俺は今まで、なんという無駄なことを……。


 俺は思わず身を震わせる。


 今までの俺自身を、ぶん殴ってやりたい気分だ。



 よしっ、ダイエットなんて、今すぐやめだ!

 これからは美味しいものをたらふく食べて、男らしく筋肉だってつけてやる!


 そのためには、まずはタンパク質の摂取だ!!




「ネリー、俺、お腹すいた!

俺も厚切りステーキが食べたい!」




 俺の言葉に、


「ククリっ!」


「ククリ様っ!!!!」


 感極まったアスランとネリーの声が揃う。



「ククリっ、よかった! やっとちゃんと食べる気になってくれたんだね!」


 アスランの声音から、インドのヨガ伝道師もびっくりの極度のファスティングをしていた俺を、本気で心配していたことがわかる。



 たしかに、いまのこの俺のすぐにでももげそうな手首を見ていても、俺の栄養状態はすこぶる悪いことがわかる。

 このままダイエットを続けていたら、栄養失調でぶっ倒れる日も近かったかもしれない……。


 愛などない結婚だとはいえ、さすがに同居する結婚相手が、日に日に衰弱していくのを見ているのは、アスランとしても忍びないものがあったのだろう。



「ククリ様っ、では今すぐに、シェフにステーキを用意させますからねっ!」


 部屋からさがろうとする涙目のネリーを、アスランが止めた。



「いいよ、ネリー。いまから焼いていたら時間がかかるだろう?

ククリ、俺はいいから俺のを食べて!」



「え?」



 向かいに座っていたはずのアスランは、なぜか俺の隣に腰を落ち着けると、ソースが滴る肉をぶっさしたフォークを俺に差し向けた。



「はい、ククリ、あーん、して!!」



「……!!??」


 俺は驚きに、身を固くした。



「ほら、ククリ、あーん」



 美しすぎる俺の夫。アスランがこんな風に、俺に食べさせてくれたことなんて、今まで一度もない。


 まあ、俺が頑なに高カロリーなものを拒んできたせいもあるのだろうが……。




 まさに、俺はこんな新婚生活を夢見ていたはずだ。


 だが、アスランが俺に平然と嘘をつき、アナスタシアと密会していたと知った今、俺は素直に喜ぶことはできない。




「いいよ、大丈夫、自分で食べるっ!」



「だめだよ、全然食べていなかったのに、急に一気にたくさん胃にいれたら、身体がびっくりしてしまうよ!」



 ――アスランは本当に俺の身体を、心から案じてくれているだけなのか……!?




「むぐっ、ん……」


 アスランによって小さめに切られた芳醇な肉が、口いっぱいに広がる。




 ――う、ま、す、ぎ、ぃ!!!!




「ふふっ、ソースが口についてるよ。ククリ、本当に、君は……」


 最後まで言わずに、アスランは俺の口元をそっと指でぬぐう。




「!!!!」




「ククリの食欲がもどって本当に良かった。これからは、二人で美味しいものをたくさん食べようね」



 まるで、二人の未来が永遠に続くみたいなアスランの言葉……。





 ――アスラン、お前は今、いったい何を考えているんだ!?



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