第8話 些細なこと


「叔父上は、今の話を聞いておられなかったのですか? この者に、罪はありません」


「儂の面目を丸つぶれにした罪じゃ! この儂に恥を掻かせたことが、最大の侮辱罪じゃ!!」


 何ともひどい言いがかりだが、王家に連なる者であれば通用してしまう。

 侮辱罪と言われてしまえば、ジョアンもこれ以上庇うことができない。

 若い男は諦めたのか、抵抗はしなかった。

 

「……でしたら、叔父上にもその責を負っていただくことになりますね」


 ひんやりとしたデクスターの声。

 彼は、ゾッとするような冷たい笑みを浮かべていた。


「どういうことじゃ?」


「この者を王城へ招き入れたのは、他でもない叔父上です」


「それが、何だというのじゃ!」


「この意味が、おわかりになりますよね?」


 罪人となった者を王城へ招き入れた者も、連帯責任を問われるのは当然のことだ。

 デクスターは暗に告げ、壮年の男性もようやく気づく。


「……二度と、儂の前に姿を現すな!!」


 若い男の腕を離し、壮年の男は行ってしまった。

 騒動が収束したので、野次馬も方々に去っていく。

 商会の店主は、何事もなかったかのように客の呼び込みを始めた。

 

 石を回収した若い男はジョアンのところへやって来ると、ペコリと頭を下げた。


『あんたには命を助けてもらった。礼を言う』


『こんなことは、もう二度としないでくださいね』


『ああ、約束する』


 もう一度頭を下げ立ち去ろうとした男を呼び止めたのは、デクスターだった。


「おまえが持ってきた龍眼石を、すべて買い取りたい」


「エッ?」


「わざわざこの国まで来て商品が一つも売れなければ、おまえも大損害だろう?」


「…………」


 男は戸惑っている。

 デクスターの真意を測りかねているようだ。


「殿下、龍眼石はかなり高価な石ですよ?」


「おまえは、俺を誰だと思っている? 、この国の王弟なんだぞ。俺が身に着ける装身具に加工するのに、これ以上相応しいものはないだろう?」


「フフッ、『一応』ってなんですか。たしかに、龍眼石の青色は殿下の瞳と同じ色ですから、カフリンクスやラペルピンにするのは、よいお考えかと」


 ジョアンも賛成し、さっそく交渉に入る。

 結果、双方ともに納得のできる取引ができた。

 若い男は礼だと言ってジョアンへ黒龍石の袋をひとつ渡すと、国へ帰っていった。



 ◇



 離宮に戻ったジョアンは、さっそく装身具の発注に取り掛かる。


「ついでに、貰った黒龍石でおまえのも作れ。緑色はおまえの瞳の色だから、丁度いいだろう」


「……いいのですか?」


「仕事をがんばっているご褒美だから、遠慮するな」


「ありがとうございます」


 台座の素材や意匠デザイン、予算や納期など決めなければならないことはたくさんある。

 う~んとジョアンは頭を悩ませている。


「龍眼石の本物を見たのは二回目だと言っていたが、前に見たのは自国でか?」


「たぶん、そうだと思います。石を見て、ぼんやりと記憶が思い浮かびましたので」


「結局、龍眼石と黒龍石の違いはどこでわかるんだ?」


「龍眼石には、中心部分にちいさな点があります。光にかざすと、よりはっきりとわかります」


「それも、思い出したのか? あの国の言葉も?」


「そうです。きっと、過去にどなたかに教えてもらったのでしょうね」


 ジョアンの言葉には、澱みがない。

 デクスターからの質問に、スラスラと答えている。


 ───まるで、問いかけられる質問を想定していたかのように



(『仕事で、話すことがあった』……か)


 王族であるデクスターも、言語の勉強はしていた。

 しかし、ジョアンほど流暢に話すことはできず、聞き取りも覚束おぼつかない。

 

 業者の男が、ジョアンが自国の言葉を話せる理由を尋ね、彼が返した答えがこれだった。

 他にデクスターがかろうじて聞き取れたのは、『たくさん手に入れられない!』『無理やり』だけ。

 話の流れから、叔父が男へ無理難題を言い、同情したジョアンが男を庇ったことはなんとなく理解した。

 だから、デクスターは助け船を出した。

 日頃から、叔父の言動にはかなり思うところがあるのも事実。



 ジョアンは男に「仕事で話す機会があった」とはっきり告げていた。

 つまり、仕事に関しても記憶の一部が戻ったのだ。

 

(どうして、そのことを俺には話してくれない?)


 記憶をなくす前のジョアンが、高い能力を持つ文官であったことは間違いないだろう。

 小国の言語を流暢に話し、事務処理も完璧。頭の回転も速い。

 礼儀作法も所作も、優雅で美しい。

 そんなジョアンの過去が、気にならないわけがない。 


 ジョアンは、わざわざ報告するまでもないと思ったのかもしれない。

 デクスターが、いちいち気にするようなことでもないのかもしれない。

 

 しかし……


 デクスターの心に、モヤモヤとした感情がいつまでも残り続けたのだった。


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