第7話 本領発揮


 ジョアンの仕事は、離宮の中だけにとどまらない。


 デクスターは、離宮でジョアンと他の従者たちの様子(特異体質による影響)を慎重に確認したあと、ジョアンを王宮へも同行させることにした。

 王宮内にある執務室で王族としての仕事を担っている彼は、離宮を留守にしていることが多い。

 今は良くても、いつ何時なんどき、匂いに変化が生じるかもしれない。

 なるべく自分の身近にジョアンを置いておきたかった。

 

 王宮へ出仕しているのは多くが獣人だが、『人』がいないわけではない。

 それに関しては、ジョアンひとりが目立つ心配はなかった。

 離宮とは違い獣人の数が多いため緊張しているジョアンへ、デクスターは毎朝念入りに印を付ける。

 王宮にいる間も、こまめに印を付け直してくれる。

 おかげで、ジョアンは何事もなく過ごすことができているのだった。



 ◇



「殿下、次はこちらの決裁をお願いします」


「わかった」


 王弟であるデクスターには、王族としての務めがある。

 各領主たちから届く陳情書の確認。直轄領に関しての諸事。来客の対応など。

 目の回るような忙しさだ。

 これまでは数名の秘書官たちが管理していた業務を、いつの間にかジョアンが一手に仕切ることになっていた。


 なぜこうなってしまったのか、ジョアン自身もよくわからない。

 デクスターのお世話係をしながら、執務室での仕事を観察していた。

 いろいろと気になる点があり、「こうした方が、効率が上がると思うのですが……」とデクスターへいくつか改善提案をした。

 ただ、それだけだったのに。


 ジョアンが取り仕切るようになってから、格段に業務の効率が上がった。

 秘書官たちが事務処理だけに専念できるようになり、結果、残業時間が大幅に減少。

 皆がニコニコ顔で定時に帰っていく。

 もちろん、新参者のジョアンと反目する者などいない。



 ◇



 この日、王城内の広場には出入り商人たちが集まり、商品の展示・販売会をしていた。

 王宮で働く者や各部署の仕入れ担当者たちが集まっている。

 デクスターも視察に訪れていた。もちろん、ジョアンも随行している。


「ほう、これは珍しい石だな……」


 デクスターが目を留めたのは、ある鉱石。

 見る角度や光の加減によって色が変化する、不思議な石だった。


「おまえも見てみろ。こっちから見ると青なのに、反対からだと緑に見えるぞ」


「これは……『龍眼石』ですね。本物を見るのは、二度目です」


 昔から物語によく登場する伝説の生き物とされる『龍』。

 何千年と生きる上位種は、作品上で両眼の色が青や緑で描かれることが多い。

 この石は、それにあやかって名付けられたという。


「これは見本で、売り物は袋のほうか。ひとつ買おう」


「殿下、お待ちください。少々気になることがあります」


「気になること?」


 ジョアンは、揉み手をし愛想笑いをしている店主へ顔を向ける。


「龍眼石にしては、かなり価格が安いと思うのですが?」


「こちらは産地から直接買い付けをしている商品ですので、お求めやすい価格となっております」


「この袋の中身を、見せていただいてもいいですか?」


「もちろんでございます。どうぞ、お手に取ってご確認ください」


 店主が用意した皿に、ジョアンは袋の中身を出す。

 石の数は、全部で五個。

 形は不揃いだが、同じような輝きを放っていた。

 ジョアンは慎重に一つ一つ光にかざして確認をしている。


「ジョアン、どうなんだ?」


「残念ながら、すべて偽物です」


「そんな馬鹿な! 御前様よりご紹介いただいた業者が納入したものですよ!」


(御前様?)


 首をかしげたジョアンの隣で、「また、叔父上か……」とデクスターが渋い顔でつぶやく。

 偽物と断言された店主はあたふたとして、落ち着きがない。

 騒ぎに気づき、周囲に人が集まりはじめていた。

 

「……貴様らは、何を騒いでおるのじゃ」


 人だかりの中から現れたのは、壮年の男。

 デクスターよりやや薄めのシルバーグレーの髪色で、顔立ちは彼に似ている。

 血縁関係があることが見て取れた。


「叔父上が紹介された業者が、商会へ偽物を卸したようですよ?」


「偽物じゃと? ハハハ! 何を寝ぼけたことを」


「しかし御前様、こちらの方がすべて偽物だと……」


 商会の店主から言われ、男は初めてジョアンの存在に気づいた。


「貴様は誰だ?」


「この者は、私の従者です。それより、業者から直接話を聞きたいのですが?」


「その者なら、ここにおる」


 前に出てきたのは、小柄な若い男。

 よく日焼けした肌に、見慣れぬ民族衣装を纏っている。


「其方が持ち込んだ物が、偽物と難癖を付けられておるようだぞ?」


「私ノ品ハ、本物デス」


 若い男は、偽物とは認めなかった。

 壮年の男に代わり、デクスターが聴取を始める。


「価格が安すぎるようだが、本当に本物なのか?」 


「ソウデス」


「具体的に、どこの鉱山から仕入れたものだ?」


「ソレハ、秘密デス」


 デクスターからの問いかけを、若い男はのらりくらりとかわす。

 偽物とは絶対に認めない。

 壮年の男は「デクスターよ、早く偽物だと証明してみせよ」と下種ゲスな笑みを浮かべていた。


「……これは、『黒龍石』ではありませんか?」


 後ろで様子を見ていたジョアンが、声をかける。

 余裕を見せていた若い男の顔色が変わった。


「二つの石はよく似ているそうですね? ただし、産出量はまったく違う。もちろん、価値も違う。たしか、十分の一ほどでしたでしょうか?」


「…………」


「どうなのですか?」


「アナタノコトバ、ムツカシイ。イミ、ワカラナイ」


 急に片言カタコトの言葉になった男は、並べてあった商品の回収を始めた。

 慌てる店主に「取引ハ、ヤメル」と告げている。


『でしたら、こちらの言葉なら通じますか? あなたの国の言葉です』


『なぜ、おまえが話せる? 我が国は、大陸の隅にある小国だぞ!』


『職務で、あちらの国の方々とお話しする機会があったのですよ』


 この大陸には、共通言語が存在している。

 この獣人王国も公用語は同じ。

 しかし、中には異なる言語を公用語としている国もある。この国のように。

 ジョアンは以前、会談のために習得していたのだった。


『それで、偽物だと認めるのですか?』


『私は、あの男に言ったんだ。「龍眼石は、たくさん仕入れできない!」と。それなのに……』


『つまり、強要されたということですか。だから、止む無く……』


 龍眼石とうたい、黒龍石を売っていた。

 これは、完全な詐欺の手口だ。

 しかし、売値は黒龍石の適正価格。

 男が金を騙し取るつもりがなかったのは明らかだった。


 どうしたものかと考えを巡らせるジョアンの頭が、上からポンと軽く叩かれた。

 見上げると、主の顔が『説明しろ』と言っている。

 デクスターの存在を、すっかり忘れていた。

 

「あっ……」


「『あっ……』じゃないだろう。きちんと、状況を説明しろ」


 若い男へチラッと視線を送ると、悲愴感漂う表情をしている。

 おそらく、壮年の男性が権力を盾に取り、強引に取引を持ちかけたのだろう。

 しかし、どんな理由があろうと貴人を騙したことに違いはない。

 捕まれば、重い処分が下される。


「えっと……結論から言いますと、言葉がきちんと通じていなかったことによる、ただの行き違いです」


「どういうことだ?」


「彼は、『龍眼石』を数個と『黒龍石』を大量に持ってきた。そのように依頼されたからです」


「儂は、龍眼石を大量に持って来いと言ったのだぞ!」


「ですが、彼には通じていませんでした。ご依頼通り、自分が用意できる範囲内で、龍眼石と黒龍石を持ってきたのです」


 若い男は何か言いたげだったが、ジョアンは話を進める。

 嘘やはったりは堂々と言い切らなければ、相手に感付かれてしまう。

 外交で嘘は駄目だが、駆け引きは必要だとジョアンは王配教育で学んでいた。


「彼に、私たちを騙す意図はありません。私たちが勘違いをしていると気づいて、取引を止めようとしたのです」


「なるほど……そういうことだったのか」


 デクスターは納得し、商会の店主も頷いている。

 どうにか丸く収まりそうだ。

 ジョアンがホッとしかけたとき、壮年の男がいきなり若い男の腕を掴んだ。


「こやつを牢屋に入れよ!!」


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