日々は勝手に変わるので

伏見同然

今日

 今思えば、今年の初めくらいからなんとなくおかしかった気はする。

 今の会社で働き始めて6年。同期で入社したやつらは、俺と小竹以外全員とっくに辞めた。俺はのらりくらり先輩なんかにも可愛がってもらったりで、自分で言うのもなんだけど、うまくやってきている。一方、小竹は仕事でもミスをしまくるし、プライベートも付き合いが悪くて、職場にはいずらそうだけど、他に行くところもないから毎朝会社にきているといった感じだ。

 はっきり違和感を感じたのは今日の昼で、上司にいつものノリで「今日の気温と湿度から考えると、蕎麦とかどうすか?」とランチへ誘ったんだけど「お、わかってるね〜」なんて返事じゃなくて「んー、そういうところね。まあ、いいや。ちょっと忙しいから一人で行っておいでよ」とか言われて、ちょっとムカッとしたんだけど、カレー食いに行った。

 ランチから戻ったらフロアの奥の方で上司が両手をバンザイみたいに上げて誰かと話してた。近づいてみると小竹がまた説教くらってて、それはいつもの光景なんだけど、上司の両手が高くビシッと天井に向かってあげられることはいつもと違った。

 説教が終わったあと、俺は上司に「なんなんすか?さっきの」と聞いた。すると、上司が今度は手を頬の横で広げて、いないいないばあみたいなポーズをして「ああ。まあ、いつもの感じよ」って言ってきたので「いや、そうじゃなくて。あの、手、上にビシって」と返しながら、さっきのポーズを真似てみせた。上司はとたんに表情が変わって「お前、それ本気か?」ってキレてきたので、俺は訳わかんなかったけど、いやいや、落ち着いてくださいよとかなんとか言って場を収めた。


 俺のほうがおかしいのか?って思うことが最近多くなってきた気がしていたけど、まあ、もともとそんな優秀なわけでもないし、周りが言うことが正しいんだろうと思って、あんまり考えないようにはしていた。

 良かれと思って重いもの持つのを手伝ったら、吉田さんに不機嫌になられたことがあった。明らかにミスりそうな案件に先回りして対策したのに、飯島さんの態度が冷たくなったこともあった。朝から気持ちいい挨拶をしたら、池脇さんに無視されたりもした。

 は?なんだそれ、ふざけんなよ。と思ったけど、あまりにもそういうことが続くから、俺の何かが良くなかったのかと考えたりもしたけど、いまいちよくわからなかった。

 でも、今日のは明らかに何かがおかしいと思いながら自販機にコーヒーを買いにいったら小竹がいた。「おつかれ、大変だったな」って声を掛けると、小竹が突然「ねえ、今日なんか変だと思ったりしない?」って聞いてきた。俺はピンときてないふりをして「え、何が?」と答える。「みんな、話すとき、なんか決まって変なポーズするんだよ」小竹は子どもが泣き出す寸前のような顔で見つめてくる。「ああ、なんかさっき見たよ。なんだろなあれ、ドッキリ的な?」そんな風におちゃらけていると、上司がトイレからでてきて「おーい。お前ちょっと来い」といって俺の肩を叩いて通り過ぎていった。

 立ちすくむ小竹を置いて、俺は上司の後を追って電気も付いていない会議室へ入っていった。「お前、会話ポーズのこと知らないわけじゃないよな?」と上司に言われ、あまりに当たり前のように聞かれて「え、ああ、まあ」とか適当な返事をした。「だったら、ちゃんとやれ。別に俺も好きでやってるわけじゃないんだぞ。誰も言ってくれないだろうからもう一度覚えとけ。怒ってるときは両手を上げる。ふざけてるときは手を頬の横で広げろ。決まりは決まりなんだからな」そう言って会議室を出ていってしまった。


 そんなこと聞いたこともない。俺は困惑した。

 会議室を出ると、小竹が駆け寄ってきて「ねえ、やっぱりおかしいだろ?へんだよね?」と俺を揺さぶった。廊下の奥で上司がこちらを見ている。世の中がおかしくなったのか?やっぱり俺がおかしいのか?どっちだ?

 俺は「いい加減にしろ。仕事中だぞ!」と言いながら両手を上げて言った。上司は安心したように去っていく。ついに小竹の目から涙が溢れた。

 「ごめんごめん、冗談だよ」俺はそう言って、いないいないばあのポーズをした。

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