大立ち回り

 森の中を、奴隷兵士達が進む。


 殆ど人の手が入っていないのか、辛うじて獣道があるだけで前に進んでいくだけでも体力が失われていく。


 そんな中、大人の男を先頭にして一行は進んでいた。


 彼は可能ならばアシェンを前に出したかったようだが、カイの手前流石にそれは言い出せなかったようだった。


 そしてその少し後ろを、付かず離れずの速度でジェレミー達が追ってくる。逃げてもすぐに捕まえられるような、そんな距離感だった。


 自分の命が失われるかも知れない危機感と緊張から、奴隷兵士達に会話はない。反面、後ろの帝国兵士達からは何かと会話や笑い声が響いてくる。




「くそっ、あいつら……大声で話しやがって、ゴブリンを誘き寄せるつもりかよ」


「……まぁ、連中からすれば来てもらわなければ困るだろうからな」


「ちくしょう、もう少しってところなのに……! あと少しで俺達は……!」




 アシェンとカイがコソコソと話し始めたことに呼応するように、先頭を歩く男がそう零した。




「何の話だ?」


「ちっ、お前には関係ないだろ。どうせここで全員死ぬんだ」




 アシェンが尋ねると、男はそう返す。その瞬間、カイの表情が変わったことを見逃しはしなかった。




「そうなのか? 私は生きて帰るつもりだったのだがな」


「はぁ? 何言ってやがる! 灰色如きが! だいたいお前が……!」




 男がアシェンの胸倉を掴もうとしたところで、誰かが叫んだ。




「ゴブリンだ!」


「くそっ、近いぞ!」




 カイが直ちに臨戦態勢に入る。


 男達も武器を構えるが、その動きはおぼつかない。当然、老人と病人は戦えるわけもなかった。


 茂みから数匹のゴブリンが飛び出してくる。


 身長は成人男性の半分程度、緑色の肌に腰蓑だけを纏った原始的な格好をしている。


 持っている武器も石の斧や剣など、お世辞にも質がいいとは言えない。それでも今の奴隷兵士達にとっては脅威であることは間違いなかった。




「か、数が多い!」




 男の上擦った声が響く。


 奴隷兵士の一団は既にゴブリン達によって取り囲まれており、その数は十匹を超えている。更に背後からは増援もやってきているようだった。




「ど、どうすんだよ!」




 大人達が悲鳴のような声をあげて戸惑うなか、冷静な子供が二人。




「やるしかないだろ!」




 一人はカイだ。勇敢にも前に出て、飛び掛かってきたゴブリンを剣で弾く。


 相手が態勢を崩したところに蹴りを入れて地面に倒すと、そのまま胸を刺し貫いてトドメを刺した。




「ほう、いい動きだ。……貸せ」




 だが、カイの動きは所詮子供にしてはと言ったところだ。無駄が多いし、何よりも周りが見えてない。




「灰色!」


 腰が抜けて動けない老人の持っている剣に触れると、急に声を張り上げた。こういう場面であっても、自分の方が上であるという立場だけは崩したくないらしい。




「生き延びたいのだろう? 黙って従っていろ」




 それは、これまでのアシェンの声ではない。


 声色は灰色と呼ばれていた少女と同じものであるにも関わらず、そこに籠るあらゆるものがか弱い少女のそれとは異なっていた。


 力の抜けた老人から短剣を奪い取る。


 アシェンはそのまま跳躍し、まずはカイの側面から近づいているゴブリンの頭目掛けて上空から一撃。


 頭頂部に短剣を突き刺されて、ゴブリンは即死。だが、短剣も引き抜けず折れてしまう。




「ぼろ武器が」




 ぼやきながら、ゴブリンが持っていた手斧を拾う。




「カイ、動くなよ」




 そう言われて、カイは咄嗟に身を固めた。


 アシェンの投げた石の手斧が、回転しながらカイの真横を通り抜けていく。そのままもう一匹のゴブリンの首に直撃して、そこに食い込んだ。


 派手に出血して倒れるゴブリンを見て、他のゴブリン達はそれまでの勢いを失う。




「貴様達は何年たっても進歩しないな」




 勢いのままに攻めるときは強いが、それを挫かれれば脆い。群れれば厄介だが、それなりの対処方法はある、それがゴブリンだ。




「カイ、斬り込むぞ」


「え、お前……武器は……?」


「心配するな」




 首を切られたゴブリンから、石の短剣を奪い取る。そのままカイと一緒に五匹のゴブリンの前に躍り出て、瞬く間に三匹の命を奪って見せた。




「一匹は貴様の獲物だ、やって見せろ!」


「お、おう!」




 戸惑いながらもカイは了承し、一匹と切り結ぶ。




「貴様等、死にたくなければ伏せていろ! 面白いものが見られるぞ!」




 そう声を飛ばした先は、奴隷兵士達だ。


 アシェンの大立ち回りに驚いていたのだろう、呆気にとられた彼等には最早アシェンに歯向かう余裕もない。言われるままに、草むらに身を伏せる。


 魔力の気配。


 それは次第に高まり、魔法という形で具現化する。


 アシェン達の戦場よりも少し奥、そこから氷の刃が、今しがたが頭を伏せた奴隷兵士達の頭上を通過して飛んでいった。

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