アシェンの初陣

 それから長い時間を掛けて馬車は目的地に到着した。


 乱暴に下ろされたアシェン達の前には広大な森が広がっている。


 呆気にとられている奴隷達の前に、ガラガラと何かが投げ捨てられる。見ればそれは、武器や鎧だ。しかしそのどれもがボロボロで、殆ど使用に耐えられるようなものではない。


 酷いものの中には折れた剣などもあった。




「こ、こんな装備で……」




 連れてこられた男の一人がそう呟く。




「何か文句でもあるのか?」




 それを聞いたジェレミーがニヤニヤ笑いながら尋ねると、男は押し黙った。


 この場にはジェレミーの他にも帝国兵が十人以上いる。歯向かって勝てるような状況ではない。




「お前達には我が軍の誇りある尖兵として森に入り、ゴブリン達を見つける役目を与える。もしゴブリンを討伐できたものがいれば、そいつには特別に報酬をくれてやる。なに、ゴブリンは身体も小さく弱い魔物だ、お前達でも勝てる可能性はある」




 それはあくまでも、まともな大人ならの話だ。壊れかけの武器で、普段からちゃんとした食事も摂れていなければ勝率は著しく下がるだろう。


 何よりも森の中で集団で遭遇するゴブリンは、訓練された兵士ですらも手こずる相手になることもある。


 それがわかっているから、奴隷兵士を連れてきたのだろう。ゴブリンを誘き出し、適度に戦わせてそれを楽しんだ辺りで帝国兵が倒すような算段だ。




「おい、お前」




 ジェレミーがカイに声を掛ける。




「一番に手を挙げたお前には、これを貸してやる。子供の訓練用だが、ここの屑よりはましだ」




 小さめの鎧と剣がカイに渡される。


 周りの奴隷兵士達はそれを羨まし気に見ていたが、カイのサイズでは大の大人である彼等が着ることでできない。


 剣を奪おうとしても、それはジェレミーの不興を買うことになる。


 続いてジェレミーは、アシェンの方を見た。


 その顔には先ほどからずっといやらしい笑みが浮かんでいたのだが、それが一層嗜虐的な気配を帯びる。




「ゴブリンは女や子供を見るとどうするか知ってるか?」


「知っているとも」


「だったら話は早いな。奴等は女や子供は殺さない、巣に持ち帰っていたぶるための玩具にするんだ。ゴブリンの玩具にされた奴は、身体を殴られ千切られ、痛みで眠ることもできないまま少しずつ弱って死んでいく」


「恐ろしい限りだ」


「精々悲鳴を上げて逃げ回れよ。今回の一番の目玉は、お前なんだからな」




 やはりそうだ。


 彼等はこの一連の所業を楽しんでいる。


 余計な奴隷の処分の意味合いもあるのだろうが、そもそも無駄にそれらを抱え込むような国策を取っているのはこの国自身だ。


 そうやって無計画に増えた奴隷を、まるで見世物のように処分していく。


 何度も何度もそれは繰り返されていたのだろう。


 ジェレミーをはじめとする帝国兵達に一切の良心の呵責はなく、誰もが笑いながらこれから始める残虐な見世物を楽しみに待っている。




「さあ、準備はできたな!」




 ジェレミーが声を張り上げる。


 ここにいる奴隷兵士達は十数名。


 全員が今しがたが支給されたボロボロの装備を身にまとっているが、それでも最低限の格好がついているのは男達だけだ。


 病人や老人はここまでの旅路で疲れ果てているのだろう、まともに立っていることも怪しいような状況だった。




「戦いは俺達が監視している。敵に背を向けたものは、帝国貴族の名においてその場で処刑する! 精々、生き延びて見せろよ、奴隷共!」




 その号令と共に、アシェンの初陣が幕を開けた。

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