馬車のなか

 それからある程度の人数を見繕うと、帝国の馬車がすぐにやってきて奴隷兵士達を乗せて旅立っていった。


 当然馬車はぼろぼろで、人を乗せるように作られているかも定かではない。押し込められるようにして、奴隷兵士達は死地へと送られていく。


 ガタゴトと不規則に揺れる馬車のなか、殆ど荷物扱いで外も見えない薄暗い空間で、隣に座ったカイが小声で話しかけてきた。




「どういうつもりだよ?」


「どうもこうも、奴等は視線で私に行けと訴えていたではないか。お前の両親も含めてな」


「でも、お前がきたんじゃエリンが……」




 出てくるに際して、エリンとは会話をしていない。彼女の両親、つまりカイの父母がすぐにエリンを連れて行ってしまったからだ。


 彼等にとっても、ここでアシェンが生贄として立候補してくれたことはありがたいことだったのだろう。




「お前の両親は随分とエリンを可愛がっているようだな」


「え、ああ……。まぁ、そりゃあ」




 カイが言い淀む。その辺りの事情は、あまり触れられたくはないのだろうか。


 黙って金色の目で見つめられていると、カイは居心地が悪くなったのか、勝手に続きを話し始める。




「お前には話したことはなかったかもな。エリンがどうして家で引き取ることになったのか」


「……そうだな」




 これまでの会話からして、恐らくはカイとアシェンはそれほど親しい間柄ではない。こうして二人で話すことさえ、滅多になかったのではないだろうか。


 そうであれば、少しぐらい矛盾があっても誤魔化しが効く。それに加えて、このカイという少年は素直だが頭が回るタイプではない。




「エリンは、何処かの貴族の生まれた。それも凄い魔法使いの血を引いてるらしい」


「らしい?」


「俺も親父から聞いただけだからな。貴族のいざこざに巻き込まれて、何とか奴隷地区に落ち延びてきたらしい。それで、その辺りを取り仕切っていた親父が引き取ることになったって」




 いざこざ、というのは恐らく権力闘争の類だろう。




「そんな素性も知れない奴をどうして引き取ろうと思った?」


「……金だってさ」




 これも当の父親から聞いたのだろう。カイの表情は暗く、実の父親が金目当ての打算で行動したことに対する煮え切らない想いが込められているのがわかった。




「置いていくときに、金をくれたって。それでもし家が無事なら、迎えに来た時に更に謝礼を……だから、俺達はエリンを守ってるんだ」


「俺達か」


「そうだよ、悪いか?」




「いいや。確かに金があれば、奴隷地区から抜け出せるかも知れないからな」


 エリンの兄、そんな立場でありながら父親に言われて金のために妹を守っている。そういった事実に対する負い目のようなものが、カイからは見て取れる。




「でも、それももう怪しいよ。エリンが来てから随分経つけど、全く音沙汰もない」


「恐らくは金を出せる状況じゃないと」


「そういうことじゃないかって、親父が愚痴ってるのを聞いた。だから俺達は」




 ガタンと、強く馬車が揺れる。相当な悪路を走っているようで、容赦ない振動が伝わってきた。


 一瞬言葉が途切れたことで冷静になったのだろう。カイは言いかけた言葉を飲み込んで、口を噤んだ。


 アシェンとしてもエリンのことが聞けたので、これ以上何かを尋ねるつもりもない。




「お前まで来たら、エリンは一人ぼっちになっちまう。これからあいつ一人で生きて行けるかどうか……」


「お前は金のこと抜きに、エリンが心配のようだな」


「当たり前だろ! 血が繋がってなくても、俺の妹だ!」


「ほほう」




 ニヤリと口角を揚げる。


 やはり目の前の男は、まだ年若く未熟だが見所がある。


 アシェンの見立ては間違ってはいなかったことを確信した笑みだった。




「なんだよ?」


「いや別に」


「お前、本当に喋り方変になったよな? エリンは魔法の影響って言ってたけど」


「そういうことにしておけ。……なぁ、小僧」


「こぞ……」




 これはアシェンにとっては敬意の表明だった。


 誤魔化すことなく、本来の言葉で語り掛ける。そのぐらいはしてやってもいいと、目の前の少年に対して好感を抱いていた。




「さっきから気になっていたのだが、どうして私達が帰還しない前提で話をしている?」




 問われて、カイはハッとしてた表情をする。


 ニヤリと笑いながら、アシェンは更に言葉を続けた。




「戦って生き残ればいいのだろう。たったそれだけのこと、簡単な話だ。いずれにせよ、戦いのときはくるのだから。お前達が自由を求める限りな」


「……お前……!」




 カイは言葉を続けなかった。


 続けることができなかったというのが正しいだろう。


 ここに来て初めて彼は、アシェンの瞳の色が彼の知る少女とは異なっていることに気がついていた。


 だが、それを問いただすのは今ではない。本能的に、それに意味がないことを理解していた。




「少し寝る、体力を温存したいからな。……生き延びるために」


「ああ、そうしろ」




 座ったまま、頭を下げて目を閉じる。


 アシェンもそれにならうようにして、静かに瞳を閉じた。


 もっとも、最悪な馬車の乗り心地は彼等に安眠を許すことはなかったのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る