第3話 インドア系オタクに優しいギャル
「…………なんか疲れ方と充足感の度合いが凄いな」
家に帰って風呂に入り、部屋でやっとゆっくり出来る。
たまにしか外に出ない俺からすれば、一ヶ月分くらい遊んだ気がする。
それでも、疲労が溜まっただけではない。心にはじんわりと暖かいものが広がっていた。
こんなに充足感があるのは……シンプルにめちゃくちゃ楽しかったからだろう。
カラオケでは普通にボカロとかアニソンが歌えたし、なんなら仁弥がデュエットしてきた。
最初はちょっと遠慮して無難な邦楽を選んでたのだが、仁弥が結構ゴリゴリのアニソンを一緒に歌おうと選んでくれたのだ。オタクに優しいギャルって強い。
さて。今日は元々溜まっていたアニメを見る予定だったが、どうしようかな。二本だけ見て、残りは夕ご飯後にまわすか。
PCを立ち上げつつイヤホンを取り付ける。多分時間になったら連絡が来るだろうし、スマホは見える場所に置いておこう。
そして、先週見れなかったアニメをゆったりと見る。ラブコメ系が残っていたのだ。
原作も読んでいたが、アニメの作画も凄く良い感じだ。原作の雰囲気もありながら新規も取り込めそうな感じで……うん、凄くいい。めちゃくちゃ可愛い。
アニメを見ているとあっという間に時間が過ぎていき――もうEDか。
「お、リンドバッドさんだ」
エンドカードは最近有名になってきてるリンドバッドさんの一枚絵であった。
二、三年前から某SNSでイラストを上げ始め……とあることから少し休止を挟んでいたが、半年ほど前に復活した方である。
最近はラノベの挿絵とかVtuberのイラストデザインとかも務めてるイラストレーターさんだ。めちゃくちゃ可愛いし、肌面積も物凄い特徴的なお方である。
さすがにアニメのエンドカードでは布面積の広い服を着てるが、巨乳キャラの胸が更に盛られているのに
それにしてもリンドバッドさん……休止明けから巨乳しか描かなくなったんだよなぁ。理由とかあるんだろうか。
「リンドバッドのこと知ってるんだ」
「そりゃもちろん。初期の頃から追ってる絵師さんだし」
淡々とした聞き覚えのある声に返事をし……返事?
「…………ん?」
凄まじく嫌な予感がして――隣を見れば、すぐ近くで美少女がPCの画面を覗き込んでいた。
青みがかった髪に、人形のように綺麗な顔。
彼女がきょとんと小首を傾げると、大きな球体が合わせて揺れる。
――そこに居たのは莉弥であった。
「やほー」
「うおあっ!? 莉弥!? な、なんで部屋に!?」
「にゃー姉から入る時はノックしてねって言われたから」
思わず大声を上げてしまうも、彼女は凄く落ち着いていた。昔から変わらずマイペースだ。
というかノックしてたのか……全然気づかなかった。ヘッドフォンはやめた方がいいかもしれない。
「ん、ごめんね。何回もノックしたけど返事なかったから。まだ連絡先も交換してないし、何かあったら大変かなって」
「あ、ああ。そういうことか」
そういえば仁弥とは連絡先交換してたけど、莉弥とはまだだったな。それなら仕方ない。
「ん。すぐ出てくつもりだったけど、楽しそうだったからつい。アニメ見てたんだね」
莉弥がPCを覗き込み――ちょっとシャツが緩いせいで胸元がまずいことになっている。
主張が強すぎるあまり谷を作るそれから勢いよく目を逸らし、咳払いをした。
「……でも莉弥、いつから部屋に?」
「Bパートに入ったくらいかな」
「十分くらい居たの!?」
「うん。私、この話二週目だから。音なくても楽しかったし」
「そこの心配は別に……ちょっとはしてたけども」
ということは……あそこからか。サービスシーンもあったりですっごい気まずいんですが。
それは一旦置いといて、一つ大きな疑問が脳内を占めていたので口にする。
「莉弥。結局何の用だったんだ?」
「あ、そうだった。ご飯そろそろ食べよーってにゃー姉が」
「それで呼んでくれてたのか。ありがとう。すぐ行くよ」
イヤホンを片付けてPCの電源を落とす。その間も莉弥はじっとそこに立っていた。
「悪い、待たせた。行こう」
「ん。……その前に二個聞いていい?」
「なんだ?」
動かそうとした足を止め、首を傾げてしまう。どうしたんだろう。というかお昼も似たような感じで仁弥に聞かれたな。
莉弥はくりくりとした大きな瞳で、じっと俺のことを見つめていた。……そこには不安の色が浮かんでいる。
「まず一個目。昔みたいにナツ兄って呼んでいい?」
「ああ、もちろん」
仁弥の件から想像がついていたので、即座に頷く。
莉弥の瞳から小さな不安が消え、彼女は小さくガッツポーズをした。
「やった。にゃー姉から聞いて羨ましかったから。学校でのことは……ごめんね」
「許します。……俺も仁弥とも莉弥とも仲良くしたいからな」
もう謝ってくれたことだし、俺ももう完全に水に流している。
過去は過去。今は今で、今日から一緒に暮らすのだから。それを抜きにしても、二人とは仲良くしたい。
俺のその気持ちが伝わったのかは分からないが――莉弥の表情がほんのりと変わった。
「んふふ。ナツ兄、ちゃんとナツ兄だ」
口元を少しだけ緩めて莉弥が笑う。
「ナツ兄も私のことはりゃーって呼んで」
「…………ありがたい申し出だけども、思春期真っ盛りな男子高校生にはちょっと難易度が高いので遠慮します」
「むぅ。残念」
……まだにゃー姉と呼ぶことに比べたらハードルが低い気もするが、りゃーって呼び始めたら仁弥が拗ねそうな気がする。
「もう一個は?」
「あ、そうそう。ナツ兄、今期のアニメって何個見てる?」
「一応全部」
「……ナツ兄、意外と雑食系なんだ」
「最後まで見て評価したいタイプなんだよ。中盤から一気に面白くなる作品とかもあるしな」
「私と同じだ」
莉弥は昔からアニメを見る子だったが、今も変わらないらしい。あの頃もバトルからスポーツ、恋愛アニメとか色んなの見てたもんな。
莉弥がじっと俺を見て……スマホを取り出した。
なんだ? と困惑している間にも莉弥はたたっと画面を叩いて操作する。それから画面を見せてきた。
「ナツ兄、連絡先交換しよ。さっきみたいにノックして返事なかったら連絡できる。あと、アニメ見る時言って」
「……それは一緒に見るってことか?」
「嫌?」
「嫌とかじゃないけども」
「じゃあ見よ。ナツ兄と見たい」
PCだと手狭になるが、テレビならベッドに座りながら見れるだろう。俺もだらだらしたい時はそうやって見てるし。
「夏休みはほとんど部屋にいるから見る時はいつでも呼んで。呼ばなかったらいっぱい拗ねる」
「わ、分かった」
いっぱい拗ねられると仁弥にも怒られると思う。……気を使われてる、ということでもなさそうだ。
俺もスマホを取り出して連絡先を交換すれば、彼女は大事そうにポケットへしまって扉を開ける。
「じゃ、行こ」
「あ、ああ……?」
とことこと歩いて部屋から出て行く莉弥。それでも俺のことはちゃんと待ってくれて、廊下から俺を見て小首を傾げた。
……マイペースなところは変わらないな、本当に。
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