第4話 距離感がバグってるギャル従姉妹との夏休み、開始

 俺と従姉妹の不思議な夏休みが始まった。


「おはよー! ナツ、朝早いねー!」

「おはよう。仁弥も早いんだな」

「来週から補習あるからね! 生活リズム崩したくないんだ!」

「そんな自慢げに言うことじゃないと思うけども」



 朝リビングに降りると、仁弥が座ってサラダとトーストを食べていた。

 そういえば補習とかあったな。来週いっぱいやって、その次の週明けでテスト。合格点なら夏休み、足らなければまたその週も……という感じらしい。


「ナツもおんなじの食べる? サクッと焼いてくるけど」

「その気持ちはありがたいけど、さすがにこれくらいは自分でやれるから大丈夫だ」


 そういえば親父が居ない朝って久しぶりだな。でも親父、たまに仕事で居なくなるからそんなに違和感がない……とか言ったら泣かれそうだな。


 パンをトースターにセットして待っていると、仁弥があっ! と声を上げた。


「そーそー、りゃーのこともありがとね! 昨日すっごく嬉しそうに話してたよっ! 仲良くなれたって」

「ああ。アニメの趣味も合うっぽくてな」

「聞いた聞いた! あの子も雑食だからね。私も出来れば一緒に見たいんだけど、時間が無くてさ。でもでも、時間ある時は私も一緒に見るから!」


 仁弥は見た目通り……というか、昔から変わらずアウトドア系だ。昨日身をもって知らされた。


 反対に莉弥は昔と同じでインドア系なのだろう。夏休みもずっと家に居るって言ってたし。

 というか仁弥、朝からテンション高いな。


「そういえば莉弥は?」

「まだ寝てるよ。あの子も不規則な生活送ってるから……起きるのは早くても十時過ぎか、もしかしたらお昼ぐらいじゃないかな?」

「なるほどな」


 まあ、夏休みの高校生なんてそんなものだろう。バイトとかしてれば別かもしれないけど……



「そういえば仁弥はバイトしてるんだよな?」

「ん? してるよ? 今日もお昼から夜まで。あ、夜はご飯買ってくるよ。お洋服買ってたらお金なんてすぐなくなっちゃうんだよね」

「めちゃくちゃに偉いな……」


 俺自身、バイトは出来ていない。

 前までは家事全般を俺が引き受けていたからという理由もあったりするが……そう考えると今からなら出来るのか。


「あはは! アルバイトと遊ぶのに力入れすぎて勉強の方疎かになってるけどね!」

「…………人間って得手不得手があるしな」

「お、いいこと言ってくれるね」


 そうは言うものの、仁弥が持つコミュ力と行動力は将来役立つだろう。


 就活に俺と莉弥の二人が居たとすれば、多分十人中十人が莉弥を選ぶと思うし。仁弥も、昔から勉強はあんまり出来ないけど頭が悪い訳ではないからな。



 それはそれとして、勉強をする力も必要だとは思うが……これ今考えたところで意味ないな。大学生になってから考えよう。


 思考をリセットし、トーストが出来たのでそちらを取りに行ってバターを塗る。



「そうだ。午前中はボウリング行くんだけどナツも来る?」

「…………俺はそんなアウトドア系じゃないから遠慮しとく」

「そう? まあ今日は女の子だけだったし気まずいか。どっか行きたかったら言ってね」

「コミュ力が凄まじいな。ありがとう」


 陽のオーラがあまりにも強すぎる。昔から明るいタイプだったけど、ここまでだっけ。

 ……これだけ年月があればそりゃ変わるか。


「そういえばナツって夏休みの予定はどんな感じ?」

「んー……今のところは全然埋まってないな」

「まじ!? じゃあいつでも空いてるの!?」

「空いてると言えば空いてる。莉弥とアニメ見る時間もあるだろうし、どっかのタイミングで遊びに行く可能性もなくはないけど」


 ありがたいことに、友人がゼロという訳ではない。遊びに行く可能性も低くはないが、頻度は高いとは呼べない。

 暇な時間はアニメを見る……そうなると莉弥と見ることになるだろうが、時間が決まってないので予定と言って良いのかは分からない。


「おっけ! じゃあ後で予定表送るね!」

「……なんの予定表だ?」

「私の予定表! 空いてる日、遊び行こ。週三くらいでね」

「俺の夏休みの予定が半分くらい埋まるなそれ」


 昨日までスッカスカだった夏休みの予定が一気にギチッとなる。

 ……昔は毎日遊んでたし、これくらい別に大丈夫か。



「私、ナツともーっと仲良くなりたいからね!」



 仁弥がニコニコと笑いながらそう言った。



「……俺もそうだな。仁弥と仲良くなりたい。後で送っておいてくれ」

「おっけ。にひひ、楽しみにしてるよ」


 本当に楽しそうに笑う仁弥。


 ……でも、その笑顔は以前に見ていたものと少しだけ違っているような気がした。



 ◆◆◆


「……なんかすっごい疲れた」



 部屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。


 その理由も分かる。ここまで一気に日常が変われば、疲れくらい出てくるだろう。


 ただ、その条件は彼女達も同じだ。今は環境の変化にびっくりしてるだけで、そのうち慣れるだろうし。


 でも――少し気になるな。


 先程仁弥が見せた笑み。どうしても違和感が拭えない。


「昔、あんな風に笑ってたっけ」



 仁弥は昔からよく笑う子だった。真夏に見られるカンカン照りの日差しのようにカラッとした笑い方だ。


 それが、さっき見せた笑顔は……なんて言うんだろうな。愛想笑いってほどじゃないんだけど。



 うんうん唸って考えていた時――コンコンと扉がノックされた。



「ナツいるー? ちょっといいー?」

「どうぞ。開いてるから入ってくれ」


 声の主はさっきまで話していた仁弥である。そう返事をすれば、扉が開き――



「じゃーん! どう、可愛い?」

「お、おぉ……?」


 バーン! と勢いよく部屋に入ってきたのはさっきまで話していた仁弥だ。

 しかし、その装いは朝のパジャマ姿から変わっていた。



 白いロゴの入ったシャツは裾が短い、へそ出しの格好。下は少し大きめのダボッとしたズボンで、服と同じロゴの入ったキャップを被っている。


 一言で表すとすれば、ボーイッシュな格好だ。


「可愛いというかかっこいい寄りな気がするな……?」

「お、分かってるね。てきとーに話聞いてる人なら『かわいー!』って返すところだよ」

「自分の感性を信じてよかった」


 ただ……かっこいい寄りの服装だとは思うが、可愛さがない訳でもない。そもそも可愛いで有名な姉妹だしな。


 とはいえそれを言う度胸もない。こっちは二人を除けば同年代女子とほとんど関わってきていないのだ。


 仁弥はそんな俺へ向かってくるりと一回転した。


「ふふん、どう? イケてるっしょ。女の子だけの時はこういう格好が受けるんだよ」

「似合ってると思う。モデルみたいだ」


 そんな誰でも言えるような言葉しか出てこないが、許してほしい。歯の浮くようなセリフなんて俺が言ったところで誰も喜ばないし、俺が寝る前に思い返して恥ずかしくなるだけだ。


「そうでしょそうでしょ? 実は読モも何回かやってるんだよ私。凄いっしょ!」

「めちゃくちゃ凄いな」


 だが、彼女ほど明るく元気で美人であれば納得でもある。昔から遊んでたら近所のおばさんに『将来はモデルさんかしらね〜』とか言われてたくらいだ。


「ふふーん。でも今日からはもっと可愛くなれるもんね。男の子からの意見も聞けるし」

「……まさかなんだけど、これから遊びに行く時毎回聞くつもりじゃないよな?」

「あはは、まさか」


 仁弥が笑い、俺はホッと息をつく。良かった。さすがに勘違いだったらしい。ちょっと恥ずかしいな。


「遊びに行く時関係なく毎日だよ」

「……ん?」

「家に居る時も色んな格好したいからね! 私の趣味だよ!」

「な、なるほど……? ……いや、そういうことか」


 一瞬言葉の意味が分からなくなったが、趣味なら納得だ。俺が家でアニメを見たり、漫画、ラノベを読んだりするのと同じ感じだろう。

 それに、仁弥は昔からファッション関係に興味あるっぽかったしな。


「ということだからお願いね!」

「俺、ファッションのことはよく分かってないんだけど」

「見て素直な感想を言ってくれるだけでだいじょーぶ! かわいーとか似合ってるーとかでいいから!」


 ……仁弥がそう言うなら。俺からすれば目の保養になるし、役得である。


「それなら――」

「いいんだね! やったー! じゃあ明日からもよろしくね!」

「食い付きが早すぎる」

「それじゃあ私行ってくるねー!」


 用件はそれだけだったんだろう。仁弥が部屋を出ていこうとして――立ち止まる。



「あ、そうだ。お礼しないといけないよね」

「……お礼? なんのだ?」

「そりゃもちろん服見てくれるお礼だよ」

「そんなの気にしなくても……」

「だめ! こういうのはちゃんとしておかないと」


 振り返って仁弥がずんずん近づいてくる。お礼は確定事項らしい。


 とはいえ、お礼って何をするつもりだろう。


 昔はよくお礼って言われてキスされたが……今これを思い出すの、期待してるみたいでちょっとやばいな俺。


 改めてなんだろうと考えている間にも、彼女は近づいてくる。



 その綺麗で明るい顔立ちがすぐ目の前まで来た。



 え、ちょ、近すぎ――



 ちゅ、と。小さくリップ音が鳴る。同時に、額にはこれまで感じたことのない柔らかな感触が走る。


 ゆっくりと彼女が離れ――にぃ、と笑った。頬はほんのりと赤らんでいる。



「それじゃ、また後でね。りゃーのことよろしく」



 その言葉に返事は出来ない。


 呆気に取られている俺へ、仁弥は手を振って部屋を出ていく。


 それからたっぷり数分、困惑の時間をとってから――



「……は? ………………はあああぁぁ!?」



 ――俺は赤子の頃以来の大声を出したのだった。

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