第2話 アウトドア系オタクに優しいギャル
従姉妹を助け――今日から家に泊まるのが彼女達だと知らされた後。
俺は二人の引っ越しの手伝いをしていた。
「ごめんねー、手伝って貰って」
「適材適所だよ。力仕事は俺も慣れてるし」
今日から夏休みだからか、二人ともネイルが付けられていた。確かネイルチップとか言われるやつだ。
ちなみに姉である仁弥は赤、妹である莉弥は青のネイルであった。それと、二人ともピアスも付けてたりする。
軽い荷物は大丈夫だろうけど、二人にダンボールを持たせるのは少し怖い。
今からネイルチップを外すと言っていたところ、俺が手伝いを申し出たのだ。ある程度力仕事には自信があったし。
荷物は伯父さん……仁弥と莉弥のお父さんが車で運んできてくれた。伯父さんは父さんと今少し話しており、終わったらすぐ手伝いに来ると言っていた。
荷物を運んでいると、莉弥がすぐ隣に来た。
「……中、見ないでね?」
「ん? ああ、大丈夫。見てないから」
さすがに女子の荷物を見るほどノンデリではない。ちょっと重いのが多かったりするので気になりはするけども。
という感じで二人と話しながら荷物を運んでいく。二階なので良い運動だ。
途中から親父と伯父さんも参加すると、本当にすぐ終わった。
「……よし。これで終わりだね。夏樹君もありがとう」
「いえ、これくらい全然手間じゃありませんから」
「そう言ってくれると助かるよ。僕一人じゃ腰を痛めちゃうからね」
「おいおい。俺も運んだぞ?」
「ああ、そうだね。
伯父さんの隣で仁弥と莉弥がニコニコとし、それから頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「ん、ありがとう」
「どういたしまして」
二人も俺達を見てお礼を言って――それから伯父さんが俺を見てくる。
「夏樹くん。仁弥と莉弥のことをよろしく頼むよ」
「もちろんです……って言っても二人は俺よりしっかりしてると思いますけど」
「それでも頼むよ。二人とも、ずーっと君のことを気にかけてたからね」
「……は、はい」
ちくりと心が痛む。……二人とも、俺の都合で話せなくなったからな。
これからまた仲良くなっていこう。それはそれとして――
「親父」
「おう、夏樹。驚いただろ?」
「今からぶん殴る。歯を食いしばれ。舌噛み切るぞ」
「結構本気で怒ってる!? ごめんごめん!?」
この親父は一回本気で怒らないといけない。……やってくれたことはありがたいんだが。強引すぎるし、説明もない。
しかし、拳を振り下ろそうとした瞬間にちょんちょんと肩をつつかれた。
「ねえ、夏樹。手伝ってくれたお礼になんか奢りたいんだけど」
「え? いや、それくらい別に気にしなくていいぞ」
「やだ。私が奢りたいから。行こー!」
「ちょ、あの、仁弥!? 仁弥さん!?」
有無を言わさず仁弥に手を握られる。手柔らかっ……じゃなくて。
「夏樹くん、行ってきたらどうかな? 仁弥も久しぶりに夏樹くんと会えて嬉しいんだと思うよ。秋次には私から説教しておくから」
「うぇっ!?」
「さすがに何も話してないのはどうかと思うからね」
「……じゃあお願いします」
俺より伯父さんに叱られた方が親父も効くだろう。
「そ、そうだ。ちなみに父さんはもう少ししたら出るからな」
「……秋次。いや、アキ。逃がさないからね」
「ひっ」
「伯父さん。結構キツめに俺の分まで怒っておいてください」
そうして話してる間にも仁弥は歩き始めている。俺の手を引きながら、彼女の瞳が莉弥を向いた。
「私は荷物整理しとくね」
「私は帰ってからやるー! そんじゃ行こー!」
「ふふ、行ってらっしゃい」
そのまま強引に手を引かれて俺は家から連れ出される。
これがギャル特有のフットワークの軽さ……と戦々恐々しつつも、手を振りほどくことも出来なかった。
仁弥も昔から強引な方だったが……磨きが掛かってる気がするな。
◆◆◆
「んー! 美味しいし映える! 凄いね、こういうところ知ってたんだ!」
「最近ショート動画で見ただけなんだけども。こういうところ、好きかと思ってな」
「だいせーかい!」
連れ出された仁弥と一緒に来たのはとあるカフェだった。
『どっかいいとこないー?』と仁弥に聞かれ、少し前に流れてきた動画を思い出したのである。
「いやー、でもごめんね。いきなり連れ出しちゃってさ」
「それは別にいいんだけど。奢って貰ってるし……というかほんとにいいのか?」
「いーのいーの。バイトしてるし気にしないで。それより話しておきたいことがあってさ」
急に神妙な面持ちになる仁弥。連れ出した理由はお礼だけじゃないらしい。
「あのね。りゃーの部屋には入らないで欲しいんだ。あの子に呼ばれない限り。……夏樹が勝手に入るとは思ってないんだけど、一応ね」
「……さすがに勝手に入るつもりはないぞ。最低限の常識はあるつもりだ」
「うん、その言葉が聞けて良かった。……ごめんだけど、それだけはお願い。私の部屋にはいくらでも入っていいから」
「いや入らないが?」
「えー? 夏樹ならガンガン入っていいのに」
「入りません」
「ちぇー」
同学年女子の部屋に入るハードルはいくらなんでも高すぎる。小学生の頃ならともかく……その頃でも勝手には入らんだろうし。
「とにかく、莉弥の部屋に入らなければ良いんだな?」
「そゆこと。……あと一つ、話したいことがあるんだけど。いいかな」
「なんだ?」
仁弥がストローでメロンソーダをちゅーっと吸う。……これだけでも絵になるな。本当に。
思わず見つめてしまい、一つ咳払いをしてから彼女の言葉に耳を傾け、まっすぐに見つめる。
そのいつも明るい表情には、ひとつまみの不安が混じっていた。
「夏樹のこと、昔みたいにナツって呼びたい」
声は少しだけ震えている。机の上に置かれた拳も固く握られている。
「……都合がいいってことは分かってる。でも私、ナツ……夏樹とは、昔みたいに仲良く、したくて」
……昼前にも話した気はするが、まだ気にしてたのか。あの時関係ないって言ったこと。
確かに何も思ってないとは言えないが。
「また昔みたいに川遊びしたり、お買い物に行ったり、映画を見に行ったりしたいんだ」
「……仁弥」
「あ、アニメもね。そんなに時間はないんだけど、りゃーがおすすめしてくれたの見てさ。クラスの子達にもおすすめされるから、その……夏樹ともいっぱい話、したかったんだ」
つっかえながら、それでも言葉を押し出す仁弥。次第に表情を取り繕うことも出来なくなって、そして――
「だから、お願い。ナツって、呼ばせてほしい」
「……なんて顔してんだよ」
唇を噛み締め、瞳にうっすらと透明な膜が覆う。今にも泣き出しそうな顔で、自分の
人の話は最後まで聞いて判断する。俺自身それは良いことだと思ってるが、こういう時に悪癖となってしまう。
「好きに呼んでほしい」
「……え?」
「ナツでもなんでも、好きに呼んでほしい。俺も仁弥と莉弥と仲良くしたいから」
仁弥の目が満月のようにまん丸になって――顔が輝いた。……こういうところは変わってない。
「ほんとっ!?」
「こういう時に嘘はつかないよ。……今日から同じ家で暮らすんだし。それを抜きにしても、二人と仲良くしたいからな」
「……!」
「うおっ!?」
ずいと顔が近づけられ、思わず声を上げてしまった。
……昔もそうだったが、本当に美人になったな。仁弥も。
「……ナツ」
噛み締めるように、仁弥が呟く。
「ナツ。……ふふ、ナツ」
顔を綻ばせて、声のトーンも高くなって。
「もうナツが嫌って言っても、ナツって呼ぶのやめないからね」
「そんな機会は中々なさそうだけど……もちろん」
「ふふ……ナツ!」
何度も何度も俺の名前を呼んで、昔のように笑う。
「じゃあナツも私のこと、昔みたいににゃー姉とかお姉ちゃんって呼んでね!」
「高校生になって同年代をお姉ちゃん呼びはさすがにちょっとあれかなという思いが」
「む。ナツでもりゃーの悪口はダメだよ?」
「いや、莉弥は妹だからいいと思う。可愛いし」
「わかるー! にゃー姉にゃー姉っていつも可愛いよねー! 猫ちゃんみたいで!」
さっきから笑顔が一段増しになって、仁弥は楽しそうに笑う。
「じゃあ気が向いたらまたにゃー姉とかお姉ちゃんって呼んでね!」
「…………気が向いたらで」
「うん!」
それからまた仁弥は嬉しそうに、ちゅーっとメロンソーダを飲みきってパフェを食べ終えた。
「あ、そうそう。もしナツも何か配慮して欲しいこととかあったら遠慮なく言ってね」
「俺はその辺大丈夫だな。部屋に変なもんも置いてないし」
「おっけ。もし何かあったらノックだけは心がけるね。りゃーにも言っとく」
そんなに気にしなくてもと一瞬思ったが、俺がアニメを見ていることも多い。それくらいはお願いした方がいいだろう。
仁弥がパフェを食べ終え、にひっと笑う。
「じゃあアイス食べたら次はどこ行く? カラオケ行こっか」
「めちゃくちゃフッ軽。え? もう帰るんじゃないの?」
「だって折角外出たんだしさ。遊び行こー!」
「あ、ちょま、行動が早い!」
食べ終わるとすぐにまた手を引かれる。
そういえば、昔もこんな風に朝出ると夕方まで連れ回された記憶……そう考えると案外変わってないところも多い、のか?
という感じでその後も仁弥に色々と引き連れ回され、帰る頃には夕方となっていて……親父はもう居らず、家には俺と仁弥、莉弥が残されたのだった。
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