オタクに優しいギャル従姉妹は距離感がバグり散らかしている

皐月陽龍 「氷姫」電撃文庫 5月発売!

第1話 従姉妹がオタクに優しいギャル姉妹になっていた件について

 俺のクラスには異彩を放つ人物が居る。



「ねえ今日帰り服見に行かないー?」

「いいねいいね。最近暑くなってきたもんねー! 私も服ほしー!」

「俺も行っていいかー?」

「男子はダメー!」



 クラスの中枢を担うグループが今日も教室の真ん中で話していた。



 彼らと俺は決して相容れない存在……とは言ってはみるものの、俺より彼らの方がクラスには欠かせないだろう。

 委員会とか率先してやってくれるし、授業中に発言してくれたりもする。ムードメーカー的な存在でもある。


 幸い、過度に誰かを貶して喜ぶような人達はクラスに居なかった。基本優しいし、何か困ったことがあれば相談にも乗ってくれる。



 そのグループの中でも目立つのが――



「もー、仁弥にやちゃん狙い多すぎ。仁弥ちゃん居なかったら来ないくせに」

「えー? そういうのじゃないんじゃない?」

「また無自覚。はー、あんたら双子はなんでこう鈍感なのかね。そのうち悪い男に喰われちゃうよ?」

「ないない! りゃーは私が守るし!」


 仁弥にやと呼ばれた女子生徒。本名を狛江仁弥こまえにやと言う。


 光を反射する金色の髪に、日本人離れした顔立ち。すれ違うと思わず振り返ってしまうような美貌を兼ね備えている。

 特徴的な部分は他にもある。それは――



「やっぱりこれか? これが男子人気の秘訣なんか?」

「ひゃっ! ちょ、いきなり触らないでよ、レナ!」


 ……何がとは言わないが大きいのだ。うん。


 しかし、教室で異彩を放っている人物は彼女一人だけではない。



莉弥りやちゃんは遊び来ないのー?」

「……私は行かない」

「りゃーは家でやることあるもんねー!」



 青がかった黒髪に、くりくりとした大きな瞳。その表情は常に無と言ってもいいくらいにほとんど変わらない。


 その顔立ちは仁弥と同じく日本人離れしていて、不思議とその髪色も似合っている。


 そして――とある部分も仁弥と似ていた。どことは言わないが。



 彼女の名前は狛江莉弥こまえりや。狛江仁弥の双子の妹である。


「ねー! 今日もかわいーなぁ!」

「……にゃー姉。暑い」

「えー? いいじゃんちょっとくらい!」



 狛江仁弥が莉弥に抱きつく。二人とも雰囲気は似ているようで違う。


 姉の方は見るからに明るい。教室に居ると自然と空気も明るくなる、アッパー系ギャル。

 対して妹は反対寄り。あんまり表情も変えない、しかし不思議な魅力を持つダウナー系ギャル。


 この二人は学校でも有名なギャル姉妹であった。しかも、ただの姉妹ではない。



「そういえばにゃー姉。今期の新作もう一個いいの発掘したから後でタイトル送っとくね」

「え、まじ!? 楽しみー! あ、そういえば仙娘まだやってる? 今月の周年イベ神だったよ!」

「もち。神すぎて泣いた」

「分かるううう! もうギャン泣きしたよね」



 ――この姉妹、オタク文化にめちゃくちゃ詳しいのである。というかガッツリオタクなのだ。


 元々あるコミュニケーション能力の高さから、オタクに優しいギャルの具現化とか言われている。


 実際、クラスでアニメをよく見てる生徒とも話すのだ。教室内だと結構グループというか派閥で分けられてる印象があるが、この二人にはほとんど関係ない。



 そして、俺――狛江夏樹こまえなつきには一つ悩みがあった。


 名乗った時点で気づく人も居るだろう。



 そう。俺は学園で有名なオタクに優しいギャル双子姉妹と同じ苗字なのである。

 それもただの偶然という訳ではない。



 二人は俺の父方の兄の娘。

 要するに、従姉妹いとこである。


 小学生くらいの頃はよく一緒に遊んだが、高校に入ってからはほとんど関わりがない。


 入学当初は……色々と噂されたけど、仁弥が言ったのだ。『彼は関係ないよ』と。


 そのお陰で俺に変な目が向けられることはなくなった。ちょっと寂しかったけども。


 でも、こんなもんだとも思う。小学生の頃はかなり仲が良かったと思うけど、思春期にもなれば色々と変わる。


 アニメとかの趣味は変わってなさそうな感じはするけど、俺があの二人と話せるイメージは湧かない。昔から結構印象が変わってるし。



 それにしても二人とも、成長したんだなぁ。莉弥とか人見知りだったのに。

 ……俺は全然成長してないけど。まあ、これから関わることもないだろうし良いか。



 ――と、この時の俺は思っていた。


 ◆◆◆


「そういえば親戚の子が来るぞ」

「は? 親戚って誰? 来るって?」

「実はな。父さん今日の夕方から仕事でしばらく家を出るんだ。それでその間夏樹の世話を頼んだ。もしかしたらそのまま家に居着くかもしれないが」

「情報量が少なすぎるのに疑問は無限に出てくる」


 夏休み初日。父親から衝撃の事実を伝えられた。


「え、親父が居なくなる……のはいいんだけどさ」

「お父さん泣いちゃうぞ。昔みたいに寂しがってギュッて引き止めてほしかったな!」

「親父、ここ何年かはそこそこの頻度で居なくなるだろ。……そんで、親戚の子って? なに、いつ来るんだ?」

「今日だ」

「報連相が出来ない社会人なのか? 父さんは」

「なんせフリーのライターだからな」

「そういうのが一番大事な職業だろうが。全国のライターさんに謝れ」


 自慢げにしている父親を見てため息を吐く。まじかよこの親父は。



「てかそもそも親戚ってどこの誰だ?」

「ふっふっふ……秘密だ」

「親子の縁を引きちぎるぞ」


 記憶の奥から正月とかの記憶を掘り返してみるも、親戚の顔はあまり思い出せない。


 親戚の集まりの時とかも従姉妹達とずーっと遊んでたしなぁ……


 とはいえ、俺が全く知らない人を父さんが呼ぶとは思わない。


「まあ別にいいんだけど。世話を頼んだってのは引っかかるが」

「おお! さすがは息子!」

「息子を息子呼びするなダメ親父。人間って呼ぶぞ」

「種族名で呼ぶのは反抗期超えてない……?」

「報連相のない人間が悪い」

「お父さん泣いちゃうぞ。成人男性が大声で喚き散らかすぞ!」

「人間性を捨てた脅しはやめろ」



 ……これ以上やると話が逸れるので、一旦この辺で止めておこう。



「それはそれとして、もうちょい詳しい説明求む」

「なに、夏樹のことが心配でな。実は前からその子達からこの家に来たいなぁって相談されてたりもしたから、ついでにお願いしたんだ」

「……ちなみにその親戚って男の人達なのか?」

「いや、女の子達だな」

「よく男二人暮らしに頼ろうと思ったな」


 同性ならともかく異性か。……いや異性か。さすがに歳が近いとかはないだろうけども。


「そりゃお父さんがお母さん一筋だって分かってるからな」

「……相手が誰なのかますます分からなくなってきた」


 俺の母さんは三年前に病気で亡くなってる。もちろん葬式もして、親戚はそのことを知ってるけど……父さんが母さんをどれだけ愛していたのか分かる人は多分少ない。


 まあ、父さんも変人だけど親戚から信頼されてないなんてことはないはずだ。



「ちなみに女の子達って何歳ぐらいの子達なんだ? 母子おやことかか?」

「ふっふっふ……秘密だ」

「おいフリーライター。そろそろ怒るぞ」

「ごめんなさい。役職名で呼ばないで」


 またため息が漏れる。……今に始まったことじゃないしいいか。


 親父はいい加減な性格をしている。それでも決して悪い人ではないため、俺も何とか着いてこれてる感じがある。



「……はぁ。何時頃に来るのかだけ教えてくれ。ちょっと本屋行ってくるから」

「おお。昼くらいには多分来るはずだぞ」

「分かった。昼までには帰ってくるよ。昼飯どうする?」

「今日は久々に父さんが作ろう! 焼きそばの予定だ!」

「お、焼きそばか。楽しみだ。それじゃあちょっと準備して行ってくる」



 そこで会話を切り上げて俺は立ち上がる。



「行ってらっしゃい。気をつけてな」

「行ってきます」



 父さんの言葉を背に受け、俺は二階の自室に上がって行ったのだった。


 ◆◆◆


 今日は本屋に行く予定だった。昨日が新刊の発売日だったのだ。


 目的通り本を買って、書店から出た時――俺は見つけてしまった。



「……あれ、仁弥と莉弥だよな」


 道を挟んだ向こう側に二人が居た。目立つ容姿をしているので見間違えではない。


 二人は二人組の男性に話しかけられていた。金髪の……雰囲気的に多分高校生じゃない。大学生だ。


 最初は遊んでるのかと思ったが、どうもそういう雰囲気ではなさそうだ。


 仁弥は厳しい表情をしていて……莉弥は仁弥の後ろに隠れるように立って、仁弥の服をぎゅっと掴んでいた。


 ナンパだとして、二人なら対処も慣れていそうだが……少し気になるな。



 近くの横断歩道を探し、渡る。その間も何か会話をしているようだった。


 通行人を装って、仁弥達の後ろの方から近づき――


「いいじゃんちょっとくらいさ。ほら、高校生ってお金大変っしょ? 奢ってあげるからさ」

「けっこーです。……っていうか私達急いでるんで」

「まあまあ。てかネイルしてるの? 綺麗だねー、ちょっと見せてよ」

「……っ」



 男が無遠慮に手を伸ばすのが見える。


 仁弥ではなく――服を握っている莉弥の手へと。



「あんまりそういうの良くないと思いますよ、お兄さん方」


 俺は二人の後ろから飛び出し、その腕を掴む。


「……夏樹?」

「二人とも急ぎみたいですし。話なら俺が聞きますよ?」


 ポツリと呟いた莉弥を一瞬だけ見て、男達の方を見る。

 バッと腕が振り払われた。


「俺らが興味あるのは男じゃなくてそこの女の子達だよ」

「そうだとしても、無理に引き止めるのは良くないと思います」

「そもそも誰だよお前は。関係ない奴が出てくるなよ」


 ……関係ない、か。


 仁弥に目を向ける。その瞳の奥では色々な感情がぜになっていた。



「関係ありますよ。俺は二人の従兄弟いとこなんで」

「はあ? 従兄弟だ?」

「はい。従兄弟なので血の繋がりがあります。関係ないとは言えません」


 そうは言っても血は薄いだろうけども。もちろんそこまでは口にしない。


「二人とも」


 目を隣へ向け、二人に声をかける。今のうちに行ってくれればどうにでもなると思って。


 だけど――莉弥も仁弥も俺をじっと見ていた。



「な、夏樹も」

「……」



 仁弥が手を伸ばしかけ、途中で下ろす。同時に目も伏せられた。


「……チッ。冷めた。別の探そうぜ」

「ああ、そうすっか」


 それが面白くなかったのだろうか。男達は大きな舌打ちをしてどこかへ行った。


 目の前から居なくなったのを見届けてから――大きく息を吐いた。


 ……怖かった。


 いやめちゃくちゃ怖かった。

 怖ぇよ大学生(推定)。わんちゃん殴られるかと思ってたからまじで怖かったよ。


「な、夏樹」

「ああ。二人とも災難だったな。急いでるんだろ?」

「う、ううん。いや、急いではいるんだけど。でもその、大丈夫だから。……それよりもさ」


 仁弥の瞳がじっと俺を見つめてきた。綺麗な瞳に思わずたじろいでしまう。


 そして、彼女は――勢いよく頭を下げた。



「ごめんなさい!」

「……えっと?」

「ずっと、ずっと謝りたかったの。私、夏樹と高校でやっと会えたのに……あんなこと言って、夏樹を遠ざけたから。それなのに……助けてくれて」

「……あー、あの時のことか」


 高校に入ってすぐの頃。俺との関係を聞かれた時に『関係ない』って言ったことだろう。


「気にしてない、って言ったら嘘になるけど。でも、従兄弟が同じクラスにいるのは恥ずかしいもんな」

「恥ずかしくは、ない。……でも、照れくさくてあんなこと言っちゃって。話しかけたいのに、なんて話しかけたらいいのか分からなくて……ホントごめん」

「私もごめんなさい」


 仁弥に続いて莉弥も頭を下げた。


「ふ、二人とも頭を上げてくれ。その言葉だけで十分だから」

「……また昔みたいに仲良くしてくれる?」

「二人が仲良くしたいって思ってくれるなら」


 二人が俺の言葉に頭を上げてくれた。



「わ、私ね。いっぱいアニメ見てるから、またお話したい」

「私も! いっぱいは見れてないけど、アニメのことも……それに、いっぱいまた遊びに行こ!」

「もちろんだ」



 でも――二人に嫌われていた訳じゃないということを知れて良かった。


「それじゃあ……二人とも急いでるんだろ? キャリーバッグとか持ってるし、どっか泊まりに行くのか?」

「……?」


 俺の言葉に二人が首を傾げる。それから莉弥があっと声を上げた。


「もしかしておじさん、話してない?」

「……ん?」

「あー。昔からサプライズとか好きだったよねー」



 二人の言葉にまさかと嫌な予感がして……背中を嫌な汗が伝う。いや、まさか。まさかな。



 さすがにそんなはず――



「私達、今日から夏樹の家でお世話になる……ん? いや、夏樹をお世話するんだよ!」

「ん、そう。夏休み、いっぱいアニメ見ようね」




 ――あったらしい。

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