第8話 異類、その傾向と対策
8.異類、その傾向と対策
「金さん、大収穫ですよ!」
そう声をかけられ、金 真珠――はふりかえった。白い実験服と、メガネをかけた女性で、長い黒髪をひっつめにする。
声をかけたのは天井 萌音――。まだ中学生ながら、研究員見習いとして異対に参加する。実験服もおしゃれに飾るなど、幼さがそこかしこに見られるが、その能力はお墨付きだ。
「低級の刹鬼は、形状を変化させるのにクチクラをつかう。それが残骸をのこす理由であり、それでは大した価値がない」
「金さんは相変わらずだねぇ。報告書によると、身体をゲル状の物質で覆う、背中のヒレで幻惑をかける……。色々と面白そうな能力ももっているよ。それを研究すればいいじゃん」
金は無表情で返す。
「私の研究は、そういった刹鬼の個別の事変より、この世界にどうやって、どうして関わるか? だもの」
「難儀ですねぇ……。一番、厄介なことじゃないですかぁ?」
「刹鬼は人の精神にとり憑き、人の心を動かす。それは結果的に、この世界に痕跡をのこし、変化を与える……。私の国も、それによってほとんどの人がおかしくなっていったわ……」
だから、金はこの国にきた。刹鬼が多く、主戦場とされるこの国に……。
「私は面白そうな刹鬼の事変をいじくりまわして、そこから面白そうな作用をみつけて、解明する。その方が人生たのしいし、知的好奇心を満たしてくれる……じゃないですかぁ?」
「愉しいだけの人生なんて、つまらないものよ」
金はそういうと、ニヤッと笑った。
「刹鬼は、いくつかのパターンに別けられる」
金は講師として、小さな会議室でそう語っている。もっとも嫌な仕事だが、こればかりは勤め人としての業。性といってもいいが、う諦めてもいる。異対の新人に対して、刹鬼への理解を深める講義――。
会議室には若い男の子と、もう一人いる。金もその少女について耳にしていた。
三木 須織――。高校生で、学校終わりに駆けつけたらしく、まだ制服姿であって初々しい。
ただ、その実力は新人にして、すでに折り紙付きだ。
もう一人は、百人以上が自らの心臓をえぐりだし、握りつぶして死んだ、集団自死事件の、唯一の生き残り――。
刹鬼がとり憑いている確証は得られていないけれど、室長代理の八咫が目をかける少年だ。
「刹鬼は実体を伴わない……とされるけれど、依り代となった人間の、そのDNAをつかい、依り代の形状を変化させ、実体化することもある。主にクチクラ、という植物や昆虫が、その身体を硬くする素材をつかっているわ。そのDNAも人間はもっているのよ。
ただ、上級の刹鬼となると、それこそ素材すら特殊なもので、人類にとって未知のそれとなる。でも、形状を変化させても、質量は保存されるから、大きさが変化しても限定的。恐竜も身体は大きいけれど、骨は空洞だらけですかすかで、重さを軽減していたようなものね。後にそれが、鳥の空を飛ぶ能力となったし……」
金は何が愉しいのか、そこでくすっと笑う。
「どうやって祓うの?」これは亜土内が質問する。
「人それぞれね。自らのもつ刹鬼の力をつかったり、拷問したり……。総じていえるのは、大変ということよ」
亜土内も、あの黒光りする五良虎の刀を思いだしていた。刹鬼は、刹鬼の力で倒すしかない。祓うとはそういうことだ。
「刹鬼を区分すると、低級、中級、上級となる。低級は知性のない、欲望をさかしまにする存在。
上級、中級は知性をもち、人語を解し、狡猾にだまし、つけこみ、人間を利用する厄介な存在。
でもこれは対比構造としては不自然。低い、と上だからね。つまり単なる位置づけということ」
土蜘蛛や、トカゲ人間は低級のようだ。
「人にとり憑くことで、多少は知性を感じさせることもあるけど、これは動物に知性があるか? という命題と同じ。
ただ、上級と中級は本当に厄介よ。自らの欲望を満たすため、知恵を尽くして周りと協力することもある。組織立っているから殺すのも大変。強い動物が群れるのよ。その厄介さは……分かるでしょ?」
そのとき、三木が不意に「欲望のため……そんなことのために奴らは生きているのですか?」
金はちらっと三木をみた。
「欲望こそ善であり、全なのよ。快楽主義ではなく、彼らはそのためだけに人にとり憑き、操り、乗っとる。自らはどこか別のところにいて、未来とか、将来とか、どうでもいいのよ」
それを聞いて、亜土内が言った。「生き死になんて、関係ないだろ?」
三木は目を険しくして「どういうこと?」
「どうせ、いつか死ぬんだ……」
亜土内は淡々とそう応じた。生きる上で、目標をもつことは大切だ。よくそう言われる。死ぬ前に食べたいもの……なんていうのもそうだ。生きているうちにこれをしたい……というのが、犯罪のケースもあるだろう。それで批判されるのは、目標設定の誤りだけだ。
「あなたのそうした考え、私は嫌い」
三木に睨まれるも、亜土内は肩をすくめた。
「嫌われるのにはもう慣れた。オレは妹が寝たきり、植物人間になって、誰かの介助がないと生きられないから、生きてきた。介護をしてくれる今は、八咫さんがオレのことを『必要』といったから生きている、欲望なんてどうでもいい。それが生き死にであっても……」
霊鬼爭衡 イカ奇想 @aholic
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