第7話 無頼の気位
7.無頼の気位
距離を開けた神降は、背中から日本刀より長さのある、二本の鉄の棒をとりだす。それはまるで溶鉱炉から溶けだしたままの、凸凹した銑鉄のようであり、柄の部分には何重にも獣の皮が巻かれていた。彼はそれを一本ずつ手ににぎり、重さのあるそれを軽々と扱う。
大きなトカゲ人間へと変化した暮来木は、体高も三メートルを超え、人のそれではなくなっていた。背中には大きなヒレがあり、見る角度によって色を変える、構造色のようにきれいだ。
やや前傾し、大きな目で二人をとらえる。長い爪で斬り裂かれたら一たまりもないだろう。
「おるぁッ‼」
柴は躊躇わず、トカゲ人間の懐にとびこむと、胸に拳を叩きつける。硬い鱗で撥ね返された……と思ったが、トカゲ人間はふらつく。どうやら柴のそれは、内部へと衝撃を伝える攻撃のようだ。
神降が走りだす、手にする鉄の棒、その先端を地面にこすりつけるようにし、そこから火花が飛び散り、小石を弾き飛ばす。鉄をこする耳障りで不快な音が、辺りへと響きわたる。
背後にまわりこもうとする神降の動きに気づき、トカゲ人間はその迎撃に向かう。長い爪で斬りかかり、神降は鉄の棒でうけとめた。ただそれは、摩擦熱によって紅く光を放っており、トカゲ人間もその熱さに逃げだした。そこに柴が近づくと、その背中に拳を叩きつけた。
トカゲ人間も大きく吹き飛ばされ、血を吐く。形状を変えようと、中身はふつうの生物のそれだ。
だが、致命傷を避けた。柴も拳をみつめてつぶやく。
「何や……? 表面が……ぬめっとる?」
トカゲ人間の表面を、ゲル状の何かが覆い始めていた。それは、打撃では致命傷を与えにくいということを示す。
「なら、オレが……」
神降はふたたび走りだす。両手を少し広げ、下げて、わざと鉄の棒の先端を地面にこすりつけるようにして走る。
左を憤怒、右を朱刃、そう名付けた。熱を増すほど赤みを帯び、ふつうの鉄と異なり、硬さを増す。しかも千℃を超える高熱は、どんなに硬質な相手でも確実に打撃を与える威力をもつ。
だが、彼の足が止まる。
トカゲ人間の背中にあるヒレが怪しく色彩を変え、幻惑されていた。白目を剥き、意識をとばしかけていた。
「神降ッ! 心もっていかれとるんやないわッ! 無残に殺された家族のこと、思いだせぇッ‼」
柴のドスの利いた怒声に、神降はハッと意識をとりもどした。二人はバディとして永くやってきた。その信頼は絶大だ。
ふたたび神降は走りだす。家族を殺され、その恨み骨髄……、だから異対へと身を投じた。
この二本の鉄の棒は、彼の怒り、復讐の熱さだ。
紅く染まった鉄の棒を、そのヒレごとトカゲ人間の背中に叩きつけた。
鋭く研ぎ澄まされているわけでもないのに、その熱によって、トカゲ人間の身体を焼き切った。
十文字に背中を斬り裂かれたトカゲ人間は、息絶えてしまう。
「雑魚にてまどったわ。そやけど、ええ宣戦布告にはなったやろ」
そういうと、先に脱いで木にかけた上着を手にとり、それを肩にひっかけて、柴は大股で歩きだす。
神降もそれに従うが、彼の手にする鉄の棒はまだ煌々と熱を帯びるため、身体から離すようにする。そのにぎった手すら焦がすも、彼は表情一つ変えることなく歩いていく。
彼らがトカゲ人間を倒すと、それを待っていたように、白い防護服をきた者たちがあらわれ、大柄なトカゲ人間の身体を袋につめ、持ち帰ろうとする。彼らも異対。その回収班――。
異対にとって、刹鬼は倒すべき対象だが、研究対象でもあった。急激に変化させる形状、人智を超える能力、そうした一端でも解明し、応用できればそれは莫大な利をもたらす。
異対がこの国にあっても、各国が協力する国際機関として、特務として存在するそれが理由だった。
霊鬼爭衡 イカ奇想 @aholic
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