第6話 黄福
6.黄福
「土蜘蛛? 低級な刹鬼ね。それで五良虎君の刀をつかわせたの?」
八咫が少し詰るような口調になっていると気づき、エレスも慌てて「すぐに事変を収めようと思って……」と、電話口で早口になっていた。
「分かりました。報告はもどってから聞きます。それで亜土内君は?」
「人の死にも動じていませんでした。資質はある、と思います」
「結構です」
それで電話が切れた。怖い「結構です」だったが、エレスも八咫への報告が終わってホッとする。
警察への引き継ぎも終わり、三人は車にのりこむ。
「いいの?」
死体をのこしたままで……。亜土内がそう訊ねると、エンジンをかけつつエレスが応じた。
「ここに私たちはこなかった。それが事実よ。この事件は一家心中をはかった兄が、飛び降り自殺をした……として処理されるでしょう。一日、ニュースをにぎわしてもそれで終わりよ」
三人が本部にもどってくると、ちょうどやって来た男と出くわした。
「瀬戸さん、相棒の彼は……」
瀬戸 刃尾――。
黒いスーツに、メガネをかけたスマートで背の高い男性であり、ぱっと見はITの起業家と勘違いするほどだ。ただ目つきは鋭く、身のこなしからもただ者でない感じがする。
「死んだよ。後一ヶ月だったのに……」
「一ヶ月?」
瀬戸とエレスの会話が分からず、亜土内は五良虎に訊ねた。だが、彼はそっぽを向くばかりで、代わってエレスが応じた。
「異対に入って半年生き残れたら、永くつづけられる。そのデスタームが後一ヶ月で終わるところだったのよ」
相棒が死んだ、というのに哀しい素振りすらみせない。だが、それだけ若手が死ぬということかもしれない。亜土内も、まさにデスタームの中にいた。
「どうでした、瀬戸さん?」
八咫がそう訊ねる。室長代理として、専用の部屋が与えられており、瀬戸は報告にきていた。
「黄福のミチシルベ……想像以上に厄介だよ。幹部連中はごっそり鬼憑きだった」
鬼憑き――。刹鬼がとり憑いた者で、依り代とほぼ同じ意味だ。
「法にふれない限り、刹鬼がとり憑いていても手出しできませんからね。でも、刹鬼がとり憑いているのに、大人しく従っているなんて、よほど教祖の統制が利いているのかしら?」
「教祖まではとても辿りつけなかったよ。ここ十年以上、ほとんど表にはでてきていないようだ」
瀬戸はにやりと笑って「すでに浸食度が高まり、人としての形を失っているのかもな……」
「もしくは、もうとっくに死んでいるのか……」
八咫の言葉に、瀬戸も「のっとり……じゃ済まなかった?」
「黄福のミチシルベが創始されて、四十年以上。もし最初から刹鬼がとり憑いてそうしていたら……?」
「やれやれ……。こことやり合うと、異対もかなりの犠牲を強いるぞ」
「政治から圧力もかかるだろうし……」
「それでもやるのか?」
「この前の信者集団事件に、決着のシナリオが必要……と考える連中がいてね。報道もされなかったのに……」
八咫の言葉に、瀬戸は驚いた様子で「そうまでして、彼を庇う理由は?」
彼女は肩を軽くすくめた。
「特にないですよ。でも、黄福のミチシルベはいずれ、大きな事件を起こす。それを待ってから対処するのか? 先んじて抑えるのか? 私は後者でありたい、と思っています」
「暮来木……やな?」
ポケットに手をつっこみ、グラサンに短髪、白い開襟シャツの胸元をさらに開け、そこから金のネックレスが覗く男が、因縁をつけてきた。
ヤクザが絡んできた……そんな雰囲気だが、施設からでてきた暮来木は目を険しくしつつも「どちら様ですか?」
「異対の、柴いうもんや。こっちは神降」
柴 玖成――。彼も異対に属す。彼の後方にいるのは、神降 莞――。背が高くて坊主頭、目つきが悪くて、彼もチンピラ風、若手の鉄砲玉のようだ。
「異対が何の用です?」
「なんや、異対と聞いて、すぐピンと来るんやな?」
「それはそうですよ。警察がくる前に、我々の施設に勝手に入ったそうじゃないですか。よくない、よくないなぁ~」
「事変があれば、ワイらの仕事や。それとも、入られてまずかったんか?」
「いや……、でも、ここも私たちの敷地ですよ」
「それがどないやっちゅうねん。刹鬼がおるなら、どこも地獄やろ? 誰の敷地とか関係ないわ!」
暮来木は、柴が話しをする途中から、フリーズしたように動きを止めた。
静止画のようで、表情すら変化しない。だが、因縁をつけようと近づいた柴が、暮来木の服に手をかけようとした、まさにその瞬間、その眼球がぐりんと回転し、白目だったところが黄色く、黒目だったところが縦にしゅっと細長くなり、まるで爬虫類のそれだ。
しかも身体の表面はうろこで覆われ、爪も長くのび、少しずつ全体が大きくなっていく。
神降は危険を感じて、大きく飛び退くが、柴はそこにのこって、ポケットから手をだす。そこには総合格闘技のグローブのような、拳を守る装備があって、右こぶしを左手に叩きつける。
「ガキの使いやないねんぞ、こらぁッ‼」
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