第3話 特務機関

     3.特務機関


 二〇十二年十二月二十三日――。

 人類滅亡の日――とされた。でもそれはマヤ暦で第五の時代が終わり、第六の時代がはじまる日のこと。

 破滅と再生をくり返すマヤ暦では、ジャガーの時代、風の時代、水の時代、火の時代、太陽の時代を終えた。

 今は第六の、精神、光の時代――。

 精神、という言葉には考察を必要とするだろう。形而上における問題、作用を形而下の、物理的な意味でいう〝時間〟という枠にあてはめ、それを『時代』と呼ぶことが適当か? 

 精神とは、この世界に実存はしないもの。でも、それは形而下にも影響する。それが精神の時代だ。


 特務機関、異類対策室――。

 通称、異対――。

「二〇十三年ごろから増え始めた、異類による〝事変〟をあつかう、政府から独立した組織だよ」

 赤髪の男はそういって、亜土内を導いて歩く。

 腹の傷がとじ、動けるようになると、すぐ警察病院から連れだされた。旧式ビルの地下に連れてこられ、そこに迷路のような構造があり、右も左も分からないまま歩いている。

「異類とか、刹鬼とか、未だによく分からないんだけど……」

 亜土内がそう背中越しに訊ねると、赤髪の男は立ち止まり、ふり返ったが、明らかに不機嫌そうだ。

「それは私の方から説明するわ」

 不意に遠くから声がして、二人に近づいてくるのは八咫だった。


「ごくろう様、ポール君。異類は人と異なるもの、とは説明したわね。刹鬼は、悪鬼羅刹のこと」

 ポールが仁王立ちで敬礼する姿が気になるが、亜土内も「悪魔とはちがうもの?」と訊ねた。

 八咫は軽く微笑みながら、説明をはじめた。

「英語でいう〝サタン〟はヘブライ語のサタナ。〝敵〟もしくは〝反対する〟を意味する。そのギリシャ語訳ディアボロスから派生した〝デビル〟も同じ、神と敵対するのではなく、人類に試練を与える存在でも、神の従属者なのよ。

 ギリシャ語のダイモンを元にする〝デーモン〟は、善性もふくめた霊全般をあらわす言葉。でもそれを哲学者プラトンが悪性の霊に限定する用い方をし、ヘブライ語のシェディムやセイリム、つまり悪霊の訳として当てられた。

 〝悪魔〟はそれらに当てる日本語訳だけど、元は釈迦をまどわし、悟りを妨げる魔羅のこと。

 私たちが異類とか、刹鬼と呼ぶのは、それ以上の適当な言葉がないから。

 悪鬼羅刹――。人に悪さする悪鬼、人を喰う羅刹。それを端的に、的確に言いあらわす言葉、それが〝刹鬼〟よ」


「刹鬼は実体をもたず、精神に作用を及ぼすのみ。事変、と称する事件を起こすのはあくまで人間――」

 八咫は先にたって歩きながら、そう説明する。一つの部屋に到着すると、話はそこまでとなった。

 部屋の中には四人。八咫が紹介してくれる。

「こちらは亜土内 魁武君。今はまだ研修期間といった感じだけれど、異類対策室の新人よ」

 くるりとふり返った八咫は、自ら自己紹介してきた。

「私はこの異類対策室、室長代理の八咫 レヴィ――よ。よろしくね」


「オレはドラギ・ニャッツォ――。イケオジだろ?」

 ニヤッと笑うのは、目鼻立ちのはっきりした顔立ちと、不精髭の中年男。その軽いノリと、濃いめの顔はイタリア系を思わせた。

「私は稔輝 朱鳥――。〝あけみとり〟って、日本で初めて採用された年号のことだから。よろ~」

 スマホから目を上げず、手をふってそう挨拶した女性はまだ十代にみえる。

「私はエレス。よろしく、新人君」

 落ち着いた感じの女性で、ブロンドの髪に蒼い瞳。まだ十代に見える八咫より、よほど地位が上に見えるけれど、彼女は気にする風もなく、部屋のすみで、退屈そうにする男を指さした。

「彼は五良虎 龍希君。ほら、挨拶」

 そう促され、日本刀を抱えるようにして椅子にすわっていた男は、ちらっと亜土内をみて、軽く頭を下げるだけだ。


「そして、オレはポール・フライ。よろしくな、新人!」

 赤髪の男は、うっとうしく肩に手をまわしてきて、そう自己紹介してきた。

 まだ若い八咫が、この中でもっとも地位が高いようだ。

「外国籍の天柱……あぁ、私たちは室員のことをそう呼ぶのだけれど、天柱が多いのは、ここが国際的な枠組み、協力によって成立するから。特務というのは、そういう意味よ。

 天柱は多いけれど、今は出払っていてね。私たちのすることって、よく悪霊祓いと混同される。精神にとり憑く刹鬼を、人から追いだすのはかなり難しく、時間もかかるのよ」


「悪霊祓いと何がちがうんだ?」

 亜土内も首を傾げた。これまでの話から、霊がとり憑いた者にほどこす〝除霊〟と同じと感じた。

「エクソシストは、聖水をかけながら信仰を問う。

 仏教の悪鬼退散は、祈祷や法力といった念を唱える。

 どちらも神や経といったものに力があり、悪霊が怖れる、効果ある、という前提があって成立する。

 でも、私たちだって知らない神、信じてもいない経に、そういった力がある、なんて信じられないでしょう?

 それと同じ。刹鬼は、刹鬼の力をもって祓うしかない。だから刹鬼と遭遇し、それでも生き残ったキミは貴重なの。期待しているわ」

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