第2話 十字架の後始末
2.十字架の後始末
「こいつはひでぇ……」
講堂に入ってきた、短い赤髪の男はそういって絶句する。
百人近くが、血だまりの中で倒れていた。でもそれは、何者かに殺された……わけではない。自分で胸をかき毟り、肋骨を砕き、その下の心臓をひきだして、自分の手で握りつぶしたのだ。
そんな狂気に充ちた行動を、ここにいる全員がとっている。だけど、一人だけそうではなかった。
十字架に磔となり、両手両足をしばられ、腹にはサーベルが突き刺さり、この空間でもっとも残虐で、残酷な運命をおくるはずだった者が、惨劇からの唯一の生還者となっていた。
赤髪の男の後から入ってきたのは、二人の女性――。
二人ともまだ若いが、一人はスーツをきて、髪も後ろで束ねるなど、キャリア女性風だ。
もう一人はスマホを片手に、そこから目を離すこともなく、それでも転がる死体をうまく避けて歩く。
「政治と癒着するとやりたい放題ッスね。暴走する方が悪いのか? 暴走を赦す政治が悪いのか……?」
赤髪の男はそういって、倒れている白マントの男の頭を蹴る。そのマントは破るのが大変だったのか? かなり苦しんだ様子だが、赤髪の男にとってそれは同情をひくことではない。
三人は警察官ではない。現場保存どころか、死体がどうだろうと興味なかった。
「こいつは刹鬼の仕業ッスね?」
赤髪の男に訊ねられ、スーツの女性が答えた。
「刹那システムが示したのだから、まず間違いないでしょう。でも、ここで降霊術でも行わない限り、これほど広範な作用を及ぼし得ないはずだけど……」
辺りをみまわすが、魔法陣や儀式をした形跡はない。悪意の十字架もあくまで稚拙な〝ごっこ〟のレベルだ。
「刹鬼の気配はないですよ。ただ……」
スマホを覗いていた女性が、そのカメラを正面に向ける。そこには十字架が映しだされるが、そこだけがまるでノイズが乗ったような、シャギーとなっているのが確認されていた。
不意に目覚めた。無機質な天井、清潔なベッド、これまで夢見てきたような環境がそこにある。
「おはよう、亜土内 魁武君」
横をみると、看護師ではなく、スーツをきた女性が立っていた。
「ここは……?」
「警察病院。キミは黄福のミチシルベの施設で、十字かに磔にされて、ケガを負っていた。それでここに運びこまれた」
窓をみると、鉄格子が嵌まっている。どうやら夢見てきた環境は、少々殺伐とするようだ。
「助かった……?」
「それはどうかしら? これからキミは、警察に事情を聞かれるでしょう。百人の信者が亡くなり、生き残ったキミに罪をなすりつけ、暴徒の凶行との印象操作をしたい輩は五万といる。裁判なんて期待しないで。この国の司法は、政治の傀儡でしかないから……」
信者が亡くなった……? 事情が分からないけれど、百人を殺した重罪人として、オレは処刑される運命のようだ。
「死刑……か?」
「恐らく、心神耗弱という理由で、弁明の機会も与えられず……ね」
スーツの女性は一歩、前に踏みだした。
「私ならキミを助けられる。私は特務機関、異類対策室の八咫。異類――、服装ではなく、人類とは異なる存在のこと。キミは異類がかかわった事件に巻き込まれ、ここにいる」
黄福のミチシルベの講堂にいたときから記憶がない……。そこに異類……人類とは別の存在がいた?
「私たちは、その異類のことを〝刹鬼〟と呼ぶ」
八咫と名乗った女性は、ベッドに覆いかぶさるようにしてきた。
「私たちに協力しなさい。そうすれば病気の妹さんを完全介護つきで、保護することもできる」
「協力……? 完全介護?」
「刹鬼と出くわし、キミは生き残った。そこにはきっと意味がある。キミが特務機関に入ってくれれば……」
「オレが?」
「妹さんの介護は、キミの手を煩わさないための特典、と考えて。キミは未成年だけれど、今回の事件で両親が死に、許可をとる必要もなくなった。キミが判断し、決めていい……」
八咫はじっと目をみつめてきた。
はらりと落ちてきた髪が、まるで八咫と、オレをつなぐ細い糸のように感じられていた。
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