第9話

:シリアスパートは終わりじゃ〜〜い!!


「……どうした、急に」


 コメント欄で突然叫び出したやつに対し、静かにツッコミを入れた。

 五、六時間目も終わり、皆がバッグに教科書を詰め込んで帰る準備をしている。あとは先生が来るのを待つのみだ。


:まぁ確かにしんみりしちゃったぜ

:妖精と人間のラブコメとか本当にあったんやね

:プールニキに幸あれ

:お前は萌羽ちゃんを海に連れてくんやろ?

:ほいだらもっと強くなりやがれください

:今の加護じゃあねぇ……

:ちょっと透けて見えるのと漣が聞こえる加護だし


 朝凪さんと海へ行く約束はしたが、別に今すぐにでも行くわけではない。

 あの妖精の話と同じように事故に遭うとは到底思えないが、まぁ不安がないといったら嘘になる。


「まぁ、加護をもらえるように努力しながら生活して行くつもりだぞ」

「冴島くん、さっきから誰とおしゃべりしてるの?」

「あ、いや、なんでもない。ただの独り言だ」

「そっか! ねぇねぇ、今日こそは一緒に帰ろ?」


 朝凪さんがそう言った途端、クラスメイトの視線が一気に俺に集中し始めた。

 昼休憩時に謎に体操服に着替えた俺たちの件もあって、皆にとても怪しまれている。故に、一緒に帰るなど言語道断と言いたいところなのだろう。


「まぁ……俺は別にいいけど。朝凪さんはいいのか? 他の人と帰らなくて」

「私の幼馴染も一緒だけど大丈夫?」

「まぁ。……ってか、幼馴染?」

「うん! 私と一緒に田舎から出てきたの」


 果たしてどんな幼馴染なのだろうかと色々と妄想する。

 ゆるふわ系の朝凪さんと対照的な堅物気質な人とかを勝手に想像していた。


 ――放課後。


 実際に会った幼馴染は……。


「ハロハロー、こんちゃ〜。萌羽の幼馴染の夜滝よだき須美すみだよ。同じクラスだけど喋るのは初めてだよね〜。いつも萌羽に構ってくれてあんがと〜」


 ミルクティー色の髪、短いスカートに爪に塗ってあるネイル。端的に言うならばギャルっぽい女の子だった。

 どこか気怠そうな態度をしているが、なんとなく警戒されていそうな雰囲気を感じる。


「あ、あぁ。冴島奏多だ。こんちゃー?」

「奏っち〜。話は萌羽から色々聞いてんよ〜」

「かなっち……」


 ギャルとあんまり会話したことないし、ここは仲介役の朝凪さんが途中離脱してくれないことを祈r――


「あ! ごめん、教室に忘れものしちゃったから少し待ってて!!」

「りょ〜〜」

「ぅ」


:奏多「ぅ(絶命)」

:クソワロタ

:ギャルとのタイマンいけるか?w

:無理っぽそうで草

:滝汗じゃねぇか

:グッドラック!

:年季の入ったギチギチの手で幸運を祈る

:いやはや、愉悦愉悦


 夜滝さんは壁にもたれかかってスマホをいじり始めた。

 まぁ朝凪さんが来てから色々喋ればいいだろうと考えていたが、唐突に夜滝さんにこう告げられる。


「奏っちさぁ、もう朝凪さんと関わるのやめな〜?」

「え……? な、なんで……?」


 声色を少しも変えずにそう言ってきた。

 二つ返事で「わかった」なんて言えるはずないので、質問してみる。


「お互いが不幸になるって思ったから。このままいけば死にかねないよ、奏っち」

「……なぜ?」

「萌羽に近づこうとする人……特に男はさぁ、み〜んなこぞって不幸になるんだ。しつこい人ほど不幸に……それも、命に関わるほど不幸に」

「っ……」


 多分それは妖精の仕業だろう。

 朝凪さんを助けてからアンチが急増化したのは、彼女がもともと妖精を引き寄せやすい体質だったからと教えてもらった。

 故に、近づいて来る奴らを皆不幸にし、寄り付かなくしてるのだと。


 今はまだ〝朝凪さんの命の恩人〟ということで許してもらっていることもあるだろう。

 だが、確かにこのまま進めばアンチが何をしてくるかわからない。


 ただ、それでも――


「朝凪さんは俺のことを『友達』って言ってくれた。それに、一緒に海に行くって約束した。不幸なんか忘れるくらい楽しめば問題ないだろ? しかも、俺これから強くなる予定だし」

「…………。ぷっ、ははっ。奏っちってめっちゃおもろいじゃ〜〜ん」


 スマホに落としていた気怠げなジト目だったが、俺に視線を向けて目を丸くしていた。そして、吹き出して笑い始める。


「いや〜、これが都会か〜。田舎をでて正解だったなぁ……」

「別に俺みたいなやつはどこにでもいると思うぞ」

「いんや、そうそういないと思うよ〜。奏っちさぁ、萌羽と同じしさ」

「へ、へー……」

「否定なし、と」


 なかなか勘が鋭い子らしい。ゾクリと背中が冷える感覚がする。

 敵に回したらめちゃくちゃ厄介になりそうだなぁと思った。


「んじゃ〜約束してよ」

「なにを?」

「あの子さ、今まであたし以外とロクに遊べてないんだ。だから、最高の青春ってやつを味あわせてあげてほしい」

「……わかったよ。最高の青春を頑張って用意する」

「ふっ、言質取ったり〜。スマホのボイスレコーダーってちょー便利〜」

「なっ!? は、恥ずかしいから消してくれ!!」

「や〜だよ〜〜ん」


:ワイらが空気や……

:↑もともとそうだろがい

:この子勘が鋭いな

:奏多、言質取られたからな?w

:もう逃げられないぜェ

:友達思いのいい子やんけ

:ギャルちゃんいっぱいちゅき……


 朝凪さんに適当にお礼をしてもらって関わらないようにとか思っていたが、どうやら逃げ道はなさそうだ。

 ため息を吐き、俺もスマホをいじろうとしたのだが、空っぽだった。


「あ! 俺もスマホ忘れた……。ちょっと取ってくる」

「行ってら〜」



 # # #



 そして奏多がスマホを取りに行って間もなく、須美が口を開く。


「萌羽、隠れてないで出てきな〜」

「へっ!? ば、バレてた……」

「何年の付き合いだと思ってんだよ〜」


 すぐ近くの物陰から萌羽が現れる。

 彼女は少し前から隠れており、盗み聞きをしていたのだ。


「奏っちいい子じゃ〜ん」

「だよね! えへへ、お友達になれて本当に良かった」

「…………。あんた、大事にされてそうだったしさ、奏っちのことも大事にしなよ」

「もちろんだよっ!! すごい大事にする!!」


 ニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮かべる萌羽を横目に見て、須美も「ふっ」と笑う。


(適当な理由つけて追っ払おうと思ってたけど、こんな顔見ちゃ無理っしょ。……奏っち、萌羽のこと泣かせたら殺すからね)


 親友の心のぼやきは、誰にも聞かれることはなかった。

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