第169話
彼らが見えなくなったのを見計らい、朱朗が星來の座る真横に立つ。そして2歩後退し、深く頭を下げた。
「……星來、喋らなくてもいいから、俺の話を聞いて欲しい。」
全く連絡のなかった朱朗。スケジュール共有アプリも、『スプリングフェスタ』以来、お互い空白になっていた。
正直、大学に来れば会うかもしれないと互いに認識していた。朱朗は無論、星來も少なからず会いたい気持ちはあった。
「…………」
久々に朱朗の顔が見れて安心する星來。ただ会ったところで、何を言われてもきっともう信用できない。星來は、もう恋人ごっこなど辞めようと言うつもりで大学に来たのだ。
「俺は、初めて会った7歳のドラマ撮影の時からずっと好きだった。」
朱朗は立ったまま、鞄からある紙を取り出す。
それは7歳からずっと取ってあった婚姻届だった。“夫になる人”の欄には、7歳なりの字で朱朗の名前が書かれている。そして。
星來は書いた覚えがないのに、“妻になる人”の欄には星來の名前が書かれていた。朱朗が昔勝手に書いたのだ。
さらに保証人の欄にはちゃっかり青司と亜泉の名前が書かれている。やつらもグルだった。
なぜ今、このタイミングでそれを出すのか。星來にとっては余計に恐怖でしかないというのに。
「星來の七光りが欲しいだなんて言って、本当にごめん。そんなものなくても、俺は星來が好きなのに。」
「…………」
何も言わない星來。
喋らなくていいと言われたのだ。この際最低限でしか喋らない。
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