第84話

そんな星來のこわごわしさを感じ取ったのか。



朱朗があまりふかいキスはせずに、星來の唇からゆっくりと離れる。



そしてあたかも満足気に笑いかけ、クズらしからぬ一声を放つ。



「じゃ、俺帰るわ。」


「え?」


「女優の家に夜這いしにきたなんて、住人に知られちゃまずいし、」


「……へ?」



今更すぎて、何を言っているのかこいつ。



せめて朝まではいるのだろうと覚悟していたのに。



「俺たち勝ち組に?」


「………乾杯…?」


「私たち勝ち組に、はい。」


「………乾杯。」



朱朗に引きずられるまま、星來が小さな乾杯をつむぐ。



朱朗がのしかかる聖來を両手で持ち上げ、どける。彼女の腰と脇を、一切よこしまに感じさせない手つきで触れて。



そのまま立ち上がった朱朗は、星來から取り上げたタバコをきっちり元の箱に戻すと。「重かったー」と肩を回しながら玄関へと行くのだ。

 



「……車で来たの?」


「うん、パーキング停めた。」


「今度、朱朗専用にマンションの駐車場借りておこうか?」


「え。いつになく優しい星來、深夜に味わうの怖いわ〜」 


 

怖いのは深夜に何の前触れもなく訪れる朱朗の方だ。



拍子抜けする星來のシャツは乱れ、ただ朱朗の背中を見送ることしかできない。



玄関でトントンと爪先あたりを蹴る朱朗が、星來の方も見ずに言った。

 


「シャツの第一ボタンと第二ボタン、あいてる」


「えあっ」



自分の前身頃を見下ろせば、第一と第二ボタンは確かに外れていて。隙間からコーラルピンクのナイトブラが見えている。



ナイトブラという色気のなさと、気付いていなかった恥ずかしさに熱くなる星來。



いや、第二ボタン?そんなとこまで開くだろうか?

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