第56話

そして星來に少しずつ迫りながら、そのゆるい身体を密着させていく。もう今では20センチほどの身長差が生じる朱朗と星來。



朱朗はずっと星來を包み込めるほどの身体になることに憧れてきた。

 


「この細腕をつかまえて」


「やめてってば」


「この細腰を抱き寄せたら」


「やめてってば」

 

「あら不思議。Shall weダンス?」


「春らしからぬクズでNOと言える大人になりたい。」


「今日から春の季語にクズ導入したら昔の俳人追い抜ける自信しかないわ俺。」


「朱朗がこんな21歳になるなんて誰が予想したの?」


「おん?予想の範疇外だから俺の人生なんじゃん?」


「この範疇外」


「クズを範疇外っていう女、星來様だけ。」


 

朱朗がズボンのポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつける。タバコを咥え、右端の唇からふっと一息煙を吐き出して。


 

「やっぱ俺たち、良好ね。」



と一言、告白には満たない言葉を放つ。ふかした笑みを携え、朱朗が半分も吸っていないタバコを星來に咥えさせる。



憎らしくても愛しい彼女に。



すると星來がふぅっと、右唇に咥えるタバコとは反対の唇の隙間からけむりを立てる。絶妙に開いた唇から放たれる白くて苦いそれが、朱朗を翻弄する。



「予想の範疇外」


「なにが?」


「星來が咳き込むのを予想した俺は馬鹿ですか?」


「こんにちは馬鹿でクズの人生、さらば実直な私」


「あら?もしやお宅もクズで?」


「あら?風音星來はタバコも咥える清純派の女優でしてよ?」 


「清純派で範疇外の星來様、最強でよいね」



星來の口からタバコを取ると。


朱朗はその唇にキスをする。


 

たった今、苦さをくぐらせた唇の合間からは、彼女の甘い香りばかりが朱朗の鼻をつく。



そして星來が朱朗の首周りに腕を回し、二人はさらに深いキスを重ねた。

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