第38話

朱朗が振り返り、星來に近付く。



星來は、朋政朱朗の彼女役の演技に入る。ブランコに座ったまま、朱朗という彼氏役を優しい瞳で見つめて。



星來が見た朱朗は、下弦の月夜を後光に、やわらかい髪を透度深く照らす美しい姿だった。



もう暑さばかりが漂う初夏。あまりの暑さにセミの声もなく。湿気の多さなど感じさせない朱朗は、ゆるめのサマーニットに、らしさを引き立てられている。



自分は今演技をしているつもりなのに。その朱朗の姿に思わず息を呑む。



「(やっぱり。どんなに私の想いが叶わないものだとしても。私は朱朗のことが好き―――。)」



改めてそう感じ、彼からの偽りの抱擁を待ち構えた。




朱朗は、ブランコに座る星來をいつもより小さく感じていた。



冷めた態度で、全てを達観したような淋しくも美しい瞳。ノースリーブのロングワンピースにカーディガンを羽織る彼女は、今時の高校生よりも大人びている。



風音という偉大なる脚本家のひ孫で、その名に相応しい女優になるため必死に努力を積み重ねてきた小さな身体と精神。



敵なしとも思われる星來に失態を着せ、あのランウェイで手を伸ばし共に歩いたのは俺だけ。それが許されるのは小さい頃から共にしてきた俺だけなのだと。



朱朗は星來への想いをたぎらせていた。


 

「(俺は、誰にも負けてない。青兄にも、響木一弥にも。)」




本来、恋人同士なら照れ笑いなど見せるのだろう。しかし朱朗も星來も、お互いその瞳を合わせたまま。



すれ違う鼓動が、少しずつ擦り合わさっていく。

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