第2章 第8話:隠された真実、北谷からの訪問者

おばぁの命を救ってくれたミナに、彩菜は感謝の言葉を口にした。


「ありがとう…あなたがいなかったら、おばぁを救えなかった。」


彩菜はその言葉をしっかりと伝えながらも、自分の無力さがまだ胸に残っていた。しかし、感謝の気持ちは本物だった。ミナが間一髪でおばぁを支えた瞬間がなければ、どうなっていたか想像もできない。


ミナは彩菜の感謝に軽く頷いた。彼女は冷静な表情のまま、彩菜の顔をじっと見つめていた。しばらくして、再び口を開いた。


「さっきの質問に答えられそうか?あの男、何か話していなかったか?」


ミナの問いかけを聞いた彩菜は、一瞬考え込んだ。あの男性が何を言っていたのか――頭の中はまだ混乱していたが、ミナに答えるべきだと思い、彩菜はゆっくりと話し始めた。


「…男の人も、すごく混乱していたんです。詳しくは話してくれなかったけど、確かに『北谷から』と言ってました。それに、『ゾンビ』とか『グール』という言葉を口にしていた…でも、結局、何も詳しくは聞けなかったんです。話そうとしたら…あの女性が突然現れて…殺されてしまいました。」


彩菜は言葉を絞り出すように話した。彼女の声は震えていたが、できるだけ冷静に伝えようとしていた。


その時、ミナの表情が一瞬変わった。彩菜には、その目が鋭く光り、何か恐ろしいものを思い出しているように見えた。彼女の顔に一瞬浮かんだその表情は、まるで何かを恐れているようでもあり、同時に怒りを秘めているようでもあった。しかし、次の瞬間には、再び彼女の冷静な表情に戻っていた。


「そうか…」ミナは短く言った後、少し視線を落として黙り込んだ。


彩菜はその変化に気づきながらも、何も言えずにいた。ただ、ミナの中で何かが動いているのを感じた。何か重要なことが隠されているような気配だった。彩菜の中にも、次第に不安が広がっていく。北谷で一体何が起こっているのか、それが彩菜自身にどのように関わってくるのかを考え始めた。


「私も…北谷から来たんだ。」


その言葉に彩菜は驚いた。ミナも同じ場所から来たという事実が、彼女の中でさらに混乱を引き起こした。


「北谷で何かあったんですか?」彩菜は問いかけたが、ミナは少し言葉を濁すように話し始めた。


「北谷では…ゾンビだけじゃない。もっと恐ろしいものが現れている。私は、その一部を見た…グールという存在だ。」


ミナはその言葉を淡々と話したが、どこか慎重な様子だった。彼女はすべてを語ろうとしていないことが、彩菜にははっきりと分かった。ミナの表情はどこか曖昧で、言葉を選びながら話しているように見えた。


「グール…?」彩菜はその言葉を繰り返したが、何か言いたげなミナの口からそれ以上の情報は出てこなかった。


「……」ミナはしばらく沈黙し、ふっと視線を遠くに投げた。その目には、何か深い思慮が感じられた。


その沈黙の後、彩菜はふと気づいた。目の前にいる女性の名前をまだ知らないことに。助けてもらったのに、彼女のことを何も知らないということが気になり、彩菜は思い切って尋ねた。


「…あの、あなたの名前は?」


ミナは少し驚いたように彩菜を見つめたが、すぐに冷静さを取り戻し、静かに答えた。「……名前か。私の名前は……ミナ。」


その名前を聞いた瞬間、彩菜の胸に何かが響いた。単に助けてくれたというだけでなく、ミナという名前が持つ不思議な力が、彩菜の中で何かを揺さぶったようだった。彼女にはまだ多くの謎がある。しかし、その謎が彩菜をこれからどこへ導いていくのか、少しだけその先が見えた気がした。

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