第2章 第7話:護符の力、動き出す彩菜
ミナは、男を殺した女性が消えた後、次に彩菜の元へと静かに歩み寄った。彼女は冷静な表情を保ちつつ、まず彩菜の前で倒れている男性の遺体に目を向けた。しばらく遺体をじっと見つめた後、ミナは彩菜の顔を見て、淡々とした口調で尋ねた。
「この男、何か言ってなかったか?」
彩菜は、心の中で渦巻いている感情を必死に押し殺そうとした。しかし、その努力にも関わらず、口を開こうとするも、言葉がうまく出てこなかった。さっきまでの出来事が頭の中でぐるぐると回り続け、何が現実なのか、何を言うべきなのかさえ分からなくなっていた。
「え…その…ゾンビが…」彩菜はようやく一言だけ口にするが、声は掠れていて、自分の耳にさえはっきりと届かなかった。
ミナは彩菜の混乱した様子を見て、そっと持っていた水を差し出した。「これを飲みな。少し落ち着くといい。」
彩菜は一瞬戸惑いながらも、ミナから差し出された水を手に取り、ゆっくりと口に含んだ。冷たい水が喉を通り、体に染み渡ると、少しだけ気持ちが落ち着いたような気がした。
「一呼吸おけ。あの人にも水を持って行くから。」
ミナは彩菜の肩に手を置き、優しく声をかけると、おばぁの元へ歩いていった。おばぁもまた、限界に近い状態で、呼吸が浅く、顔色は青白かった。
その時だった。おばぁの体が突然ぐらりと傾き、地面に倒れそうになった。彩菜はその瞬間をまるでスローモーションのように感じた。おばぁが倒れる、その事実が彼女の中でゆっくりと時間を進めているかのように映った。
「早く…早く体を支えないと…」彩菜の心は焦り、体に命じたが、その気持ちとは裏腹に、体は動かず、ただその場に立ち尽くしていた。全身が鉛のように重く、足が地に縛り付けられているかのようだった。
しかし、次の瞬間、ミナが素早く動き、おばぁの体を間一髪で支えてくれた。彼女の冷静で的確な行動に、彩菜は再び自分の無力さを痛感した。動けなかった自分、助けられなかった自分。そうした思いが、湧き水のように彩菜の中で次々と湧き上がってきた。
「また…また私は動けなかった…」彩菜の心は重く沈み、逃げ出したい気持ちが一瞬頭をよぎった。ここから立ち去りたい、自分の無力さから目を逸らしたい——そんな思いが彼女を支配しかけていた。
しかし、その時だった。彩菜の手の中で握っていた護符から、じんわりとした温かい感触が伝わってきた。さっきまで冷え切っていたはずの護符が、まるで彩菜を包み込むかのように優しい熱を放ち始めたのだ。
その温かさが彩菜の心にじわじわと染み込み、彼女の中で渦巻いていた感情が少しずつ薄れていくのを感じた。頭の中にあった混乱も、次第に整理されていき、心がクリアになっていく。
「…なんだ、この感じ…」
護符の温かさが彩菜を支え、彼女の心の中に少しずつ平穏を取り戻していった。そして、それと同時に、外の世界の喧騒が彼女の耳に戻ってきた。祭りのざわめきや逃げ惑う人々の声が再び現実のものとして彩菜の意識に入ってきた。
その瞬間、彩菜は我に返った。まるで体に再び命が宿ったかのように、彼女の足は動き出した。先ほどまで動かなかった体が、ようやく機能を取り戻し、彩菜は一気におばぁの元へ駆け寄ることができた。
「おばぁ!」
駆け寄った彩菜は、おばぁの顔を見つめ、息を整えながらその手を握った。おばぁの体は冷たく、傷だらけだったが、まだ生きている。彩菜はそのことにほっとしながらも、自分の中で再び強い決意が芽生え始めていた。
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