第2章 第6話:消えた怨念、現れる除霊師

おばぁと対峙していた女性は、静かに睨み合ったまま、やがて何の音も立てずにスーッとその場から消えていった。まるで彼女の存在そのものが幻だったかのように、一瞬で姿を消した。怨念のような気配は残ったものの、周囲に再び静寂が戻ってきた。


彩菜はその瞬間、身体の力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。自分が無力で、何もできなかったことが重くのしかかる。おばぁは、ボロボロの状態でなおも立っていた。傷だらけの姿が目に入るたび、彩菜の胸が締め付けられた。


すると、そこに新たな人物が現れた。冷たい風と共に、静かに歩み寄ってきた女性——何か伝統的な衣装を身に纏った、女性だった。彼女はどこか淡々とした様子で、あの女が消えた場所をじっと見つめていた。


「……ここにいたのか。」彼女は、何かを確かめるように呟きながら、周囲を入念に調べていた。彼女は地面を見つめ、指先で空気を感じ取るかのように、ゆっくりと場所を歩き回った。


しばらくして、彼女は一つため息をつき、肩を落とした。どうやら彼女が追っていた怨霊は、もうここにはいないということを理解したのだろう。彼女は諦めたような表情を浮かべ、そのままおばぁの元へと近寄っていった。


「大丈夫か?」彼女は、おばぁの顔をじっと見つめ、心配そうに声をかけた。いつも冷静な表情の彼女から、そのような感情が見え隠れするのは珍しい光景だった。


おばぁは息も絶え絶えで、地面に倒れ込みそうなほど消耗していたが、ミナの問いにかすかに頷いた。それを見たミナは一瞬、安堵の表情を浮かべたが、すぐに再び険しい顔に戻り、周囲に目を光らせた。


彩菜は、そのやりとりをただ黙って見ているしかなかった。体は動かず、心の中ではいくつもの思いが渦巻いていた。自分は何もできなかった――あの怨霊を前にして、手も足も出ず、むしろ無意識に気を失ってしまったかもしれない。彩菜は目をつむり、あの瞬間を思い返そうとしたが、頭の中は混乱していた。


「どうして私は何もできなかったんだろう…」そう心の中で問いかけるものの、答えは見つからない。ただ、おばぁがボロボロの状態で目の前にいることだけが現実だった。


おばぁを守るべきだったのに、結果として自分が何もできなかったことへの悔しさと罪悪感が、彩菜の中でぐるぐると回り始めた。そして、自分の未熟さが浮き彫りになるたびに、胸が締め付けられていく。


彩菜は、自分の力不足に対する不安、そしておばぁがこれほどまでに傷ついたという事実に対して、言い知れぬ感情が湧き上がっていた。それは、怒りや悲しみ、悔しさ、恐怖、そして自己嫌悪といった複雑な感情が混ざり合ったもので、彩菜を圧倒していた。


彼女は膝を抱えて俯き、ただその感情に飲み込まれるのを感じながら、何も言葉を発することができなかった。

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