第2章 第5話:唐突なる死、迫る怨念

彩菜は、助けた男性に何があったのか、そしてどこから来たのかを詳しく聞こうとしていた。彼はまだ動揺しており、肩で息をしながら震えていた。彩菜自身も、先ほどまで目の前に現れた人ならざるものに強い動揺を覚えていたが、それ以上に、今何が起きているのかを理解しようと必死だった。


「落ち着いてください、大丈夫です。少しずつでいいので、何が起きたのか教えてもらえますか?」彩菜は、男性の怯えた様子を見ながら、できるだけ穏やかに声をかけた。彼が何を目撃し、何に追われていたのか、その詳細を知りたいという思いが強くあった。


男性はしばらく目を伏せ、深く息を吸いながら震える声で話し始めた。「北谷から…ゾンビが…グールに…襲われて…」


その言葉に彩菜の胸は一瞬締め付けられるようだった。彼の目には恐怖がありありと浮かび、その瞳の奥には彼が体験した出来事がフラッシュバックしているかのようだった。


しかし、彼の言葉が途切れたその瞬間、彩菜は背後に冷たく重い気配を感じた。まるで空気が一瞬で変わったかのように、その場の温度が急激に下がるのを感じ、無意識に背筋が寒くなった。


振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。彼女はどこから現れたのかもわからず、まるで闇から浮かび上がってきたかのように、音もなく佇んでいた。彼女の存在そのものが異様であり、彩菜の鼓動が一気に早くなる。


「誰…?」彩菜は声を絞り出したが、女性はただ静かに彼女を見つめ返した。その瞳には冷酷さと深い悲しみが同時に浮かんでいた。言葉を発するでもなく、無感情に男性に向かって歩み寄る姿は、どこか現実離れしていた。


彩菜が何かを叫ぼうとするよりも早く、その女性はすぐに手を伸ばし、男性の首を掴んだ。瞬間的な動作で、まるで時間が止まったかのように男性の体が崩れ落ち、命が一瞬で奪われた。


「な、何が…どうして…」


彩菜は目の前で起きた出来事に理解が追いつかず、ただ呆然と立ち尽くした。ほんの一瞬で、助けたばかりの男性が冷たくなり、その命が消えたのだ。彩菜の体は恐怖で固まり、言葉が喉に詰まってしまった。


彼女が何かをしようとする間もなく、世界が静寂に包まれていった。周囲の喧騒、逃げ惑う人々の叫び声、太鼓の音、すべてが遠ざかり、まるで彩菜だけが別の空間に取り残されたかのようだった。彼女の耳に届く音は一切なく、視界もどんどんぼやけていった。


彩菜はぼんやりと意識を失いそうになりながら、その場に立ち尽くしていた。そして、ふと気づくと、目の前の光景が大きく変わっていた。


彩菜が再び目を開けると、そこにはおばぁの姿があった。だが、彼女の姿はいつもとはまるで違っていた。おばぁは、先ほどの女性と対峙していたが、その姿は息も絶え絶えで、至るところに傷を負っていた。


「おばぁ…」彩菜は息を詰まらせながら、震える声で呼びかけた。だが、今目の前にいるおばぁはいつもとは違い、限界を超えた状態に見えた。血まみれの体を必死に支えながら、その女性に睨みをきかせていた。


おばぁの姿は、いつ倒れてもおかしくないように見えたが、その瞳には強い意志が宿っていた。怨霊と化した女性に対し、絶対に負けないという決意が読み取れる。彩菜はその光景を呆然と見つめるしかできなかった。


「おばぁ…どうしてここに…」彩菜は、何が起きているのか理解できないまま、震える声で問いかけたが、おばぁは答えなかった。ただ、じっと女性を睨み続け、戦う意思を絶やさなかった。


「どうして…こんなことが…」彩菜は混乱し、ただ立ちすくんでいた。目の前の現実が全く理解できず、自分が今何をすべきなのかもわからなかった。目の前ではおばぁが必死に立ち向かっているが、彩菜には何もできなかった。


おばぁの体は今にも崩れ落ちそうだったが、それでも立ち続け、怨霊の女性と対峙していた。その姿を見た彩菜は、何もできない自分に対して無力感を感じていた。目の前に起こる恐ろしい現実に圧倒され、ただ震えていた。


おばぁは、女性の怨念の強さに抗いながら、彩菜を守るために必死だった。しかし、その姿はあまりにも傷だらけで、彩菜の胸を締め付けた。彩菜はその光景を目の当たりにしながらも、ただ見つめることしかできなかった。

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