第2章 第2話:騒然とする祭りの夜



夜が深まるにつれ、宜野湾祭りの熱気はますます高まっていた。太鼓の音が鳴り響き、華やかな踊りが観客を魅了している中、通りは人々の笑顔で溢れていた。しかし、そんな賑わいの中、彩菜の心には不安が絶えず渦巻いていた。昨夜、夏芽音おばぁからゾンビの脅威を聞かされていたからだ。


突然、人々の喧騒の中で大きな叫び声が上がった。祭り会場の端から、男が転がり込むように駆け込んできた。衣服は泥だらけで、息を切らし、明らかにパニック状態だった。


「助けてくれ!ゾンビが…!ゾンビが北谷から…!」


彼の言葉に、会場にいた人々は一瞬の静寂を迎えた。次の瞬間、ざわざわと恐怖のさざ波が広がり、祭りの平和な空気は一気に不安と混乱に変わった。人々は後ろを振り返り、さっきまで笑っていた顔が一変して怯えの色に染まっていた。


彩菜はその男を見つめた。北谷から――それは、夏芽音おばぁが言っていたゾンビの群れが動き出していることを意味していた。彼女は息を飲み、護符を取り出した。緊張感が一気に高まり、手の中の護符が重く感じられた。


そのとき、逃げてきた男の後ろから、ゆっくりと現れたのは一体のゾンビだった。明らかに人間ではない、不気味に歪んだ姿勢で、ゆっくりと群衆に向かって進んでくる。人々はその姿に驚愕し、次々と逃げ出していった。


「まずい…!」


彩菜は護符を握りしめ、男を救おうと駆け寄った。自分には巫女としての力がある、それを信じなければならない。しかし、彼女はまだその力を完全には覚醒させていない。焦る心の中で、彼女は頭の中に浮かんだ呪文を口にした。


「闇を照らし、魂を解き放て…」


しかし、何かが違った。彼女の言葉にはまだ力が十分に宿っていない。ゾンビは一瞬、動きを止めたかのように見えたが、すぐに再び歩みを進めた。彩菜は護符をかざし続けたが、その力ではゾンビを止めることができなかった。


「くっ…!まだ…!」


彩菜は必死に呪文を唱え直そうとしたが、その前にゾンビが男に近づいていった。男は絶望的な表情で後ずさり、すぐに地面に倒れ込んでしまった。彩菜は駆け寄り、どうにかして彼を守らなければと心の中で叫んだが、その時、ふと背後から静かな声が聞こえた。


「彩菜、少し下がりなさい。」


その声は、夏芽音おばぁだった。彩菜が驚いて振り返ると、彼女が穏やかな表情で立っていた。


「おばぁ…どうしてここに?」


「お前が心配でのう…祭りに来て様子を見に来たんじゃ。」


おばぁは護符を手にし、彩菜に優しく微笑んだ。「まだあんたには早いじゃろう。今は私がやる。」


おばぁはゆっくりとゾンビの前に立ち、護符をかざした。彩菜が口にしていた呪文と同じものを、しかし、遥かに力強く唱え始めた。


「闇を照らし、魂を解き放て。古き力よ、我が手に集い、穢れを浄化せよ!」


おばぁの言葉が放たれると、ゾンビはその場に立ちすくんだ。次の瞬間、黒い影のようなものがその体から噴き出し、ゾンビはゆっくりと崩れ落ちていった。穢れた魂が浄化されたのだ。周囲の空気が、まるで清められたかのように澄んでいくのを彩菜は感じた。


「ありがとう、おばぁ…」


彩菜は息を整えながら、まだ動揺を隠せない様子だった。しかし、今の自分がどれほど未熟であるかを痛感しつつも、おばぁの背中を見て決意を新たにした。いつか、自分もこの力を完全に使いこなさなければならないと強く感じた。


「彩菜、あんたの力もすぐに開花するじゃろう。焦らんでいい。これもまた、試練じゃ。」


おばぁの言葉に励まされながら、彩菜は護符を強く握りしめた。これから始まる戦いに備え、彼女は心を固めていくのだった。


祭りの熱気とは裏腹に、何か大きなものが動き出そうとしている気配を感じながら、彩菜は祭り会場のざわめきを背にし、心の中で祈るように決意を固めた。夜はこれからだが、彼女の試練もまた始まったばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る