第12話迫り来る影
宜野湾祭りの開催を翌日に控えた夜、沖縄の空気は張り詰めていた。彩菜は、北谷での夏芽音おばぁとの指導を終え、宜野湾の家へと帰る途中、冷たい風を感じた。その瞬間、遠くから低く響く音が聞こえてきた。まるで地を這うような不気味な音、それは確実に近づいていた。
彩菜は立ち止まり、耳を澄ませた。ゾンビが迫ってきているのではないかという漠然とした恐怖が胸を掠める。だが、すぐに頭を振ってその考えを追い払った。自分が感じた不安がただの疲れによるものか、それとも何かもっと現実的な脅威なのか、判断がつかないまま、彩菜は再び歩みを進めた。
北谷から南下するゾンビの群れは、国道58号線ではなく、330号線の住宅街を進んでいた。彼らが選んだ道は静まり返っていたが、その静寂はさらに不気味な印象を与えていた。先頭に立つのは、他のゾンビとは明らかに異なるグール。その巨体は不自然に歪み、赤い目が暗闇の中で不気味に光る。彼が率いるゾンビたちは、ただ歩いているのではない。怨念に引き寄せられるように、何かを求めるようにして、無表情に進んでいた。
その背後には、彼らに近づくもう一つの影があった。何者かが群れを追跡していたが、その存在はまだ誰にも悟られていなかった。ゾンビたちに気づかれないよう、足音一つ立てずに、息を潜めて進んでいた。距離を詰めつつも慎重に動くその影は、群れの動向を冷静に見極めているかのようだった。
その頃、彩菜は宜野湾の街に戻り、慣れ親しんだ道を歩いていた。背後に不気味な視線を感じ、振り返ってみても誰もいない。それでも確かに誰かが彼女を見つめている。肌にまとわりつくような怨念を感じ取り、彼女は思わず身震いした。その視線の主は怨霊恭子だった。恭子は遠くから彩菜を見つめ、彼女の姿にかつての自分を重ね合わせていた。恭子の目に映る彩菜は、まだ完全に力を覚醒していない未熟な巫女。しかし、その力を見込んで、彼女の存在を脅威と捉え始めていた。
彩菜は何か不吉な気配を感じ取りつつも、それを振り払うかのように歩き続けたが、その胸中は穏やかではなかった。「何かが起こる…」という漠然とした予感が胸の奥に重くのしかかっていた。
「彩菜、そろそろじゃ。実際にゾンビを祓う術を学ぶ時が来た。」夏芽音おばぁの声が背後から響き、彩菜の心を現実に引き戻した。彩菜は深く息を吸い込み、おばぁに向き直り、「本当にできるの?」と不安げに尋ねた。
「できるさ。あんたにはその力がある。私があんたに伝えるのは、祓いの基本じゃ。」おばぁは微笑みながら、古びた護符を手に取って彩菜に渡した。「これを持ちながら、唱えるのじゃ。怨霊を見定め、その根を断つ。それが怨霊とゾンビを無力化する術じゃ。」
彩菜は護符を手に取り、その重みを感じた。まだ自信はないが、ここで立ち止まることはできない。怨霊たちがすぐそこに迫っている。そして、彼女がそれを食い止める唯一の存在だった。
一方その頃、浦添のショッピングセンターでは優斗が仕事に追われていた。日常の業務とは異なる緊張感が職場全体に漂っている。宜野湾祭りが翌日に迫り、周辺地域が人手不足になることが予想されていたからだ。優斗は、出勤表を見ながら、誰をどの時間帯に出勤させるか、頭を悩ませていた。
「千春さん、明日はどうなるかな。祭りで混雑するってわかってるのに、人手が足りなさすぎる…」と優斗はため息をつきながらつぶやいた。
「まあ、なんとかするしかないでしょ。あたしたちが踏ん張れば乗り切れるって!」千春は楽観的に返事をしたが、その表情にはやや不安が混じっていた。彼女も祭りの影響がどれほど大きいか、そしてその裏で何かが起こっている気配を感じ取っていた。
優斗は祭りの日が近づくにつれ、ますます不安を感じていた。数日前にゾンビと遭遇したことが、頭から離れない。あれは夢だったのか、現実だったのか、曖昧なままだったが、再び何かが起こる予感が胸に渦巻いていた。
「千春さん。もし何かが起きたら…」優斗は言葉を選んでいたが、どうにもうまく言い出せない。
「何かって?」千春は優斗の言葉に耳を傾けながらも、彼が何を言いたいのか察しようとしていた。
「いや、なんでもない。とりあえず明日の準備を進めよう」と優斗は自分の不安を打ち消すように、資料に目を戻した。しかし、彼の中にくすぶる不安は消えることなく残り続けていた。
その夜、彩菜は自宅に戻り、護符を手にしておばぁの言葉を思い返していた。「怨霊を見定め、その根を断つ…」おばぁが教えてくれたその言葉が、頭の中で何度も繰り返される。彼女にはまだ力の自覚はないが、何かが自分を変えようとしていることは感じ取っていた。
「本当に、私がそれをできるのか…」彩菜は自問しながら、深く息をついた。しかし、もう時間は残されていない。祭りの日が迫り、何が起こるかわからないが、確実に何かが迫ってきていることだけは感じ取れていた。
彩菜は決意を固め、護符を手にして自分の力を信じることを試みる。彼女の覚醒の時はまだ完全ではないが、その兆しは確実に迫っていた。
一方で、優斗もまた、同じ夜を不安な気持ちで過ごしていた。彼が目撃したゾンビの存在が現実のものかどうか、未だに自問していたが、その答えを見つける前に、何かが迫り来る気配を強く感じていた。
「何かが起こる気がする…」と、再びつぶやきながら、優斗は祭りの準備を進めつつも、その不安を抱え続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます