第9話屍宴の前触れ

優斗は無事に家にたどり着いた翌日、あの夜の出来事が現実だったのか夢だったのか、まだ信じられないまま朝を迎えていた。仕事に行かなければならない時間が迫っていたが、ゾンビのことが頭から離れない。だが、今はいつも通りの日常に戻るしかない。


「はぁ…また今日も仕事か…」


制服に着替え、浦添西海岸ショッピングセンターへ向かうため、原付にまたがる。エンジン音がやけに静かに感じるのは、自分の心がざわついているからだろう。昨日のゾンビが幻覚であってほしいと願いながら、仕事場へ向かった。


現場に到着すると、同僚の島袋光がすでに掃除用具を準備していた。


「おっ、優斗さん、おはようっす!」


「おはよう、島袋。早いな、今日も」


島袋は明るい笑顔を見せ、軽快に手を振る。普段の職場の雰囲気は、いつも通りのようだが、優斗の心中は落ち着かない。彼は無理に微笑みながら、気を取り直して掃除の準備を始めた。


その時、女性パートの音々と千春が現場に顔を出した。音々はいつものようにマスクをしっかり装着し、千春は軽やかに笑顔で近づいてくる。


「おはようございます、優斗さん、島袋くん!」千春が声をかけると、音々も手を挙げて挨拶する。


「おはようっす!」と島袋が元気よく返事をし、優斗も「おはよう」と短く応じた。彼は昨日の出来事を思い出さないようにしながら、パートとのいつも通りの会話に耳を傾けた。


「優斗さん、なんか元気ないですねぇ?」音々が少し不安そうな声を出した。彼女の視線に気づいた優斗は、苦笑いしながら首を振る。


「いや、なんでもないよ。ちょっと寝不足なだけ」


「寝不足かぁ、最近どうしたんですか?夜更かしですか?」千春が興味津々に尋ねると、島袋が間髪入れずにからかうように話し出す。


「えっ、優斗さん、まさか夜中にゾンビ映画でも観てたんじゃないですか?ゾンビに襲われる夢でも見たとか?」


島袋の冗談に、優斗は一瞬顔を強張らせたが、すぐに笑いでごまかす。「まあ、そんな感じだな」と軽く返すと、パート二人も笑い始めた。


「ほんと、ゾンビとか現れたら怖いよね~。優斗さんなら逃げ足速そうだけど?」千春が笑いながら言うと、音々もそれに頷いた。「確かに!でも、島袋くんが一緒なら安心かも。だって筋肉あるし、頼りになりそうだもん」


「いやいや、俺だって怖いっすよ!ゾンビなんて出たらすぐ逃げますって!」島袋は笑いながら手を振った。


その和やかな空気に、優斗も少しずつリラックスしていった。昨夜の恐怖を忘れるかのように、彼はみんなと冗談を交わしながら、いつも通りの職場の雰囲気を取り戻していた。


「ところでさ、聞いた?この前、浦添のどこかで変な噂が広がってるって。誰かが夜に徘徊してるとかって…ゾンビみたいな話じゃない?」音々がふと話題を変える。


「え?本当に?」優斗は一瞬、胸がドキリとしたが、音々の冗談半分のトーンに少し安堵する。


「なんかネットの噂らしいけどさ、そういうの信じる?」音々はそう言って、軽く肩をすくめた。


「まあ、まさかね。でも、気味が悪いな」優斗は慎重に返す。昨夜の体験が頭をよぎるが、あえてそれには触れずに話を流すことにした。


「大丈夫っすよ!そんなのただの都市伝説ですって。俺ら、ゾンビに負けるわけないでしょ?」島袋が明るく声を上げると、千春も笑いながら「島袋くんがいれば安心ね!」と続けた。


優斗は皆の冗談に乗りながらも、内心では何か不穏なものが迫っていることを感じ取っていた。あのゾンビの姿が現実なのだとしたら、ここ沖縄の平穏はもはや終わりを告げているのかもしれない。だが、その不安を表に出すことはなく、優斗はその日の仕事に戻っていった。


次回、優斗たちの日常はさらに深い混乱の中に引きずり込まれる。ゾンビの恐怖が一歩ずつ近づいてきているのだが、まだ誰もその現実を知らない。

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