第8話暗闇の支配者

闇の中に沈んでいるのは、静けさと腐敗した空気だけだ。だが、その静寂を支配する存在がここにいる。見渡す限りの影の中で、奴は目を光らせていた。まるでこの世界すべてが自分の手中にあるかのように、奴は動かない。周囲に立ち尽くすゾンビたちもまた、ただ命令を待っているだけだ。


意志のない死体たちを従わせるのは容易だ。彼らには思考も感情もない。肉体だけが腐敗したまま、この世界を彷徨い続けている。だが、奴にはそれが都合が良かった。彼らを支配し、利用することで、夜の闇を隠れ蓑にして狩りを行う。


「進め」


思考すらないゾンビたちは、その無言の命令に反応した。重い足音がひとつ、またひとつと響き、ゾンビたちが前方へ進む。鈍く、だが確実に動き出すその様は、まるで死神の軍勢が無言で命を狩り取ろうとしているかのようだ。


路地の角を曲がり、ゾンビたちが一列に並んで進む。その者は後ろからじっと見守るだけで、何も指示しない。ただ彼らが自分の意思通りに動くのを確かめるだけで十分だった。彼らは己の足で歩いているように見えるが、実際には、その者の目が行く先を決めているのだ。


しばらく歩いた先に、二人の人間が立ち止まっていた。どうやら彼らは何も知らずにゾンビたちの進路に入ってしまったらしい。愚かだ。気づかないまま、彼らの運命はすでに決まっているのだから。


ゾンビたちが彼らに近づいていく。気づいた時にはすでに遅い。恐怖に顔が歪む人間たち。体が硬直し、声が出ないまま、ただ後退していくだけ。奴はその様子を冷ややかに見守っていた。


「襲え」


命令が下された瞬間、ゾンビたちは一斉に動き出した。今までの鈍い動きとは打って変わって、突然速度が増し、人間たちに向かって襲いかかる。まるで猛獣が獲物に飛びつくかのような俊敏さだ。人間たちは叫び声を上げようとするが、その声も虚しく、ゾンビたちの手が彼らの体を掴んだ。


次の瞬間、鋭い歯が肉に食い込み、血が飛び散る。骨が砕ける音が闇夜に響き渡るが、その音すら奴にとっては音楽のように心地よいものだった。恐怖に満ちた表情を浮かべる人間たちの姿が、徐々に生気を失い、動かなくなっていく様を奴はじっと見つめる。


「もっとだ」


奴はさらに力を込め、ゾンビたちを追い立てる。彼らは命じられるまま、噛み砕き、肉を引き裂き、血を啜る。人間の肉体が粉々になり、ゾンビたちの胃袋に納められるまで、その光景は続いた。


だが、その光景をもう一人、影から見つめている者がいた。遠くの闇の中、じっとその様子を見守る視線。ゾンビたちの動きも、人間たちの悲鳴も、その者にはすべてが見えていた。気配を消し、物音ひとつ立てず、ただじっと待っていた。


冷たい夜風が吹き抜ける中、その者は一瞬だけ視線を奴に向けるが、すぐに姿を消す。まだ気づかれていない。しかし、この闇にいる者は、全ての動きを見逃さず、その冷たい目で何かを待ち続けているようだった。


静寂が再び戻る夜の中、その者は音もなく、その場を立ち去った。

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