第7話北谷の影
優斗は、いつものように自宅で不安な夜を過ごしていた。あのコンビニで感じた異常な気配と、自分にしかわからない不気味な存在。それが頭から離れない。テレビをつけてみても、気が紛れることはなかった。
そんな時、スマートフォンが震えた。画面を見ると、照屋からのメッセージだった。
「明日、上原と一緒に北谷の現場に応援に行ってほしい。浦添は俺と島袋でなんとかするから」
北谷の現場…優斗は少し戸惑いを感じた。北谷ハイランドという場所にある現場は、最近ゾンビの噂が立っていた場所でもある。だが、仕事は仕事だ。優斗はメッセージを確認し、了承する旨を返信した。
翌朝、優斗は上原と共に会社の送迎車に乗り込んだ。上原とは近所に住んでいるため、一緒に迎えに来てもらった。車の中で、上原はいつも通り無愛想な顔をしていたが、どこか緊張した表情をしているのが見て取れた。
「今日は北谷ハイランドか…あそこ、なんか最近妙な噂があるよな?」上原が低い声でぼそりと呟いた。
優斗は軽く頷いたが、話を広げることはしなかった。ゾンビの噂が頭に浮かぶたびに、昨日の異様な男の姿がフラッシュバックする。だが、今は何も考えたくなかった。仕事が優先だ――そう自分に言い聞かせた。
北谷ハイランドに到着すると、二人はすぐに現場に入った。清掃の仕事はいつも通りで、特に変わったことはなかった。だが、心のどこかで異常な出来事が起こるのではないかという不安がずっと残っていた。
「何か妙な感じだな…」優斗は上原にそう話しかけたが、彼も同じように思っているようで、軽くうなずく。
仕事がひと段落し、二人は帰りの送迎を待っていた。外の空気を吸いながら、上原はタバコに火をつけた。優斗もそれに倣い、二人で肩を並べて煙を吐き出す。仕事が終わった後の一服は、なんとも言えない解放感を与えてくれる。
「最近、変な話ばっかだよな。ゾンビだのなんだのってさ…」上原が何気なく話題にした。
「まあな、でも現実とは思えないよな」優斗も同意しながらも、心の奥で何かがざわついているのを感じた。あれは本当にただの噂なのだろうか?
その時、ふと遠くの方で不自然な動きが視界に入った。
「…おい、あれ…」
優斗が指差した先には、ぎこちなく歩く人影があった。最初はただの酔っ払いかと思ったが、近づいてくるにつれて、その異常さが明らかになっていった。肌は灰色にくすみ、体の動きはまるで壊れた人形のように不自然だ。
「嘘だろ…あれ、ゾンビじゃねえか?」上原はタバコを手から落とし、口元を手で覆った。
優斗もその場で凍りついた。目の前にいるのは、紛れもなく「普通のゾンビ」だった。ゾンビの噂は現実であり、今その目の前にその存在が迫ってきているのだ。
「逃げるぞ…!」上原が声を震わせながら言った。
その時、タイミングよく送迎車のヘッドライトが二人の前を照らした。車はゆっくりと二人のそばに停まり、運転席の窓が下がる。
「おい、何してるんだ?早く乗れよ」島袋が顔を出した。
優斗と上原は、車に飛び乗るようにして後部座席に乗り込んだ。車が発進し、ゾンビがゆっくりと後方に消えていくのを、二人はただ見送るしかなかった。
「ゾンビ見たのか?」島袋が運転しながら、冗談めかして言ったが、優斗と上原の顔は真剣だった。
「冗談じゃない。マジで見たんだ…」上原がまだ興奮した様子で言った。
「おいおい、ゾンビなんて本当にいるわけないだろ」島袋は笑いながら言ったが、優斗はその言葉に違和感を覚えた。自分たちは本物を目撃した。それが嘘や冗談だという確信が、島袋にはないはずなのに、なぜ彼はそんなに軽く流せるのか?
優斗はためらいながらも、島袋に話を切り出した。「本当に見たんだ。さっき、あの現場の外でゾンビが歩いてた。上原さんも見たよな?」
「そうだ。確かにゾンビだった。酔っ払いとかじゃない、あれは本物だ」
島袋は軽く肩をすくめ、「そんなこと言ってると、照屋に叱られるぞ」と冗談を言うが、その言葉の裏には何か隠された意味があるように思えた。
優斗は、島袋の態度に一抹の不安を覚えた。彼は本当にこの異常事態を知らないのか、それとも何かを隠しているのか?ゾンビに関する噂が、ただの噂ではなく現実であることを知っている者は、果たして自分たちだけなのだろうか?
車内には沈黙が流れ、優斗の心の中で不安が膨らんでいった。
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