第5話見えない恐怖

ショッピングセンターのバックヤードから逃げ帰った優斗は、頭の中で何度もあの異様な光景を思い返していた。ゾンビたちが統制された動きをしていたこと、それに何か得体の知れない力が働いているという感覚。普通のゾンビではなく、何かもっと恐ろしい存在が背後にいる――そう確信した。


その日はいつもよりも早めに業務を切り上げ、優斗は気持ちを落ち着けるためにコンビニへ立ち寄った。コンビニの明るい灯りと、行き交う人々の何気ない日常が、ささくれだった神経を少しだけ癒してくれた。しかし、それも一瞬のことだった。


「これで大丈夫だ…」優斗はコンビニでお茶を買い、店を出た。けれども、外に出た途端に再び不安が襲いかかってきた。夜の冷たい風が体を包み込み、先ほどのバックヤードで感じた不気味な気配が蘇ってくる。


コンビニの明かりを背にしながら、ふと遠くの路地に目を向ける。そこには、一人の男性が立っていた。普通の通行人に見えるが、その動きにはどこか不自然さがある。優斗は足を止め、慎重に様子を観察した。


「まさか…またゾンビか?」そう思ったが、今回は違って見えた。男性の動きはぎこちないものの、完全に腐っているわけではなかった。普通の人間だと言われても納得できるほど、見た目はごく普通の男性。しかし、その場から動かず、ただじっと優斗の方を見つめている。


「何かがおかしい…」


優斗の心臓が早鐘を打ち始める。彼は後ずさりしながらも、目を逸らさずにその男性を見つめ続けた。直感的にわかる――これは普通の人間ではない。だが、それが何かはわからない。


その時、ふと背後から「大丈夫?」という声が聞こえた。驚いて振り返ると、そこには織田美香がいた。彼女は笑顔で優斗に声をかけてくる。


「どうしたんですか? さっきからずっと同じところに立ってて、何かあったの?」


優斗は一瞬戸惑ったが、言葉を選びながら答えた。「いや…なんでもない。ただ、あの男が少し気になって…」


美香は優斗が指差す方向を見つめた。しかし、彼女の表情は特に変わらず、軽く首をかしげる。「あの人? 普通に歩いてるじゃないですか。なんか変ですか?」


優斗は驚いた。自分にはその男がじっとこちらを見つめているように感じたが、美香にはそれが伝わっていないらしい。いや、そもそも彼女には何もおかしいことは見えていないのだ。


「やっぱり、俺だけが…」優斗は冷たい汗が背中を伝うのを感じた。普通の人には、この異常さがわからないのだろうか。


美香は軽く肩をすくめ、「優斗さん、最近お疲れですか? なんか、いつもと違う感じがしますよ」と冗談交じりに言ったが、優斗の心は不安でいっぱいだった。


(憑依…?!)


優斗は心の中で呟いた。上原から聞いた噂や、ネットで見た情報が頭の中で渦巻いていた。ゾンビに怨霊が憑依し、普通の人間には見分けがつかない――自分が見たのは、まさにその「憑依したゾンビ…」ではないのか? 霊感が異常に強い者でなければ、その異常さを感じることはできない。


「美香、今日は早めに帰ろう。なんか、変な感じがするんだ」


美香は優斗の真剣な表情を見て、少し驚いた顔をしたが、あまり深く考えずに頷いた。「そうですか…じゃあ、気をつけて帰りましょうか」


彼女はあっけらかんとしていたが、優斗の心は重かった。彼女には見えないものが、自分にははっきりと見えてしまう。その事実が、今まで以上に恐ろしかった。


家に帰る途中、優斗は何度も後ろを振り返った。あの男の姿が頭から離れない。


「これから、どうすればいいんだ…」


家に着いても、優斗は一睡もできなかった。目を閉じるたびに、あの男の視線が頭にこびりつき、体が緊張で固まっていく。優斗はすでに、普通の生活から一歩踏み外してしまったのかもしれない――そう思わざるを得なかった。

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