第68話

それから「ママーご本読んで~」と言われ、スマホの英会話アプリで英会話を流したり、「一緒にお絵描きしたいの」と言われ、般若心経をひたすら書写させたりと、蓮見先輩のお世話はほんと忙しかった。



「ママ、ママ~、オシッコ!」


「そんくらい1人で行けるでしょ!!」


「オムツ替えてママ~」



 オムツ取れてんだろうが。


 ムカついた私は、先輩を無理矢理トイレにしまいこんだ。



 よし、今だ、今のうちに帰ろう。



「ママー!!めっちゃ出たー!!」


「いちいち公言するな!!」



 蓮見先輩の家ってもしかして沢山の執事やメイドがいて、1から10まで全部お世話してもらっていたのだろうか?と最初は思っていたが、そういうわけではないらしい。


 むしろ先輩は自分のことは自分で、弟のことは先輩が色々やってあげていたのだとか。



 その反動のしわ寄せが、今全部私にきてるってどういうことですか。



「ママー!!やだよ、帰っちゃヤ!!」



 ちょうど私が玄関から部屋の外に出た時だった。


 先輩が私の腕を掴み部屋に引き戻そうとする。


 私はお構い無しに、その腕をグイッと引っ張ると、先輩も上半身だけ外に出た状態になった。



「···私、もう帰りたいんですけど。」


「···朱南、····頼む、もう少しだけいてくれ。」


「は?」


「···あと30分だけでいい。」



 急に冷静沈着な口調に戻った先輩。


 上半身が玄関から出ただけで、元の姿に戻るのか。



「····頼む。お前しかいないんだ。」



 真顔でキリッとした瞳に見つめられ、少しドキリとしてしまう私。秋人や琉生の時も思ったけどイケメンて狡いよな。



 そして自分のチョロさが憎い。

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