第2話

 軽い心臓喘息が続いていた。

 日曜日の朝8時、私はいつものようにFMラジオをつけ、窓を全開にして居間と寝室の掃除を始めた。

 どちらも6畳間なので掃除機をかけ、床の雑巾拭きをするのはさほど苦にはならない。

 だが今日は少し動くだけで息が切れた。

 私は床を這いつくばるように掃除をした。


 ひとり暮らしなので部屋はそう汚れてはいない。

 掃除は汚れてからするものではなく、汚れないようにするものであり、ここに住まわせていただいていることへの

感謝の意味があると思っている。

 清々しい秋の朝の日差し、ソーダ水のように爽やかな秋風が部屋をすり抜けてゆく。

 部屋が喜んでくれているようでうれしかった。

 

 左目を失い、心筋梗塞だと言われてからもう10年になる。こうして生きていられることは奇跡と言っていいだろう。

 

     本日開店 本日休業



 今日は目が覚めたが明日はわからない。

 毎日がルシアンルーレットのようだった。

 リボルバー・ピストルに弾丸を一発だけ込めて腕にシリンダーを滑らし、銃口をこめかみに当ててトリガーを弾く。


    パチン


 と乾いた音がすればもう一日生きることが許される。

 そんな毎日だった。


 

 小説を書いているとたまに、


 「作品が浮かんでこないスランプもありますか?」


 と訊かれることがあるが、私にスランプはない。目が見えて、体力が許せばいつまでも永遠に書いていられる。

 なぜなら私は小説を考えて書いてはいないからだ。

 文章が勝手に降り注いで来るからだ。雨のようにいつも。

 それをただ私がキーホードに打ち込んでいるに過ぎないのである。

 だが最近はその降り注ぐ文章を起こす気力が湧かない。

 それだけ体力がフェードアウトを始めているようだった。




 神戸の親友から電話が来た。


 「石津、元気してるか?」

 「ああ、まだ死なねえなあ」

 「来週、東京の息子のところへ行くんだが、その時、お前のところに寄ってもいいか?」

 「悪いな、わざわざ宇都宮まで」

 「餃子を食いに行くだけだよ」


 田所はそういう奴だった。

 いつも俺のことを気遣ってくれる。

 私は家族から見放されたが、他人からは心配されていた。

 ありがたいことだった。

 

 

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