第29話 クリニエル王国の噂

 店の中に入ると、昼前の時間だったが半数くらいの席が埋まっていた。広さは街中にある食堂よりも広く、夜は食事のほかに飲み屋としても営業していそうだ。


「いらっしゃいませ。お食事ですか、それとも宿泊ですか」

 店員の女性が俺たちへ声をかけてきた。

「ふたりで食事をしたいが、席は空いているだろうか」


「こちらの席へどうぞ」

 席に案内してもらってメニューを教えてもらって、俺とレネは店員にすすめされた肉料理を注文した。


 料理が来るまで周囲を見渡すと、昼間からアルコールを飲んでいる冒険者らしき集団や、少し身なりのよい商人と思われる集団が雑談していた。自然と彼らの会話が耳に入ってくると、クリニエル王国の単語が聞こえてきた。

 レネに視線を向けると、レネがクリニエル王国を話題にしている、冒険者らしき集団を少し見てから頷いてくれた。どうやらレネも気になっているようだ。


『無言になってしまうが、クリニエル王国の情報をこのまま聞いておきたい』

『私も気になりますから構いませんわ』

 俺とレネは耳を傾けながら、疲れている素振りをみせた。さすがにふたりが何も喋らないと違和感があるので、疲れて休んでいる雰囲気を出した。


 冒険者らしき集団はアルコールが入っているからか、周囲を気にすることなくクリニエル王国への不満をこぼしていた。話題が飛び飛びになっていたが、要約すると最悪の場合は、ルーペンの街があるルシェロ王国にも影響がありそうだ。


 元第2王子だった国王トルンチュは、よくないことを企んでいるようだ。武力による領土拡大の噂があって、中立地帯であるランダーでクリニエル王国の騎士を見かけた冒険者や商人がいる。この街にも私服の騎士が来ているらしい。


 さらに国王トルンチュは獣族を見下しているらしく、獣族が普通に暮らしているルシェロ王国が侵略されれば、悲惨な状況は目に見えている。この街にも自衛団や冒険者はいるが、クリニエル王国の勇者は驚異の対象らしい。


『国王の態度も非常に問題だが、勇者はこの世界の者からみても、頭ひとつ飛び出している力がありそうだ』

 聞いた内容は、俺が実際に会ったときの印象と同様だった。


『私とキュウヤなら勇者が何名いても平気ですが、この街の自衛団や冒険者では荷が重いかも知れません』

『この街の住人は俺たちと普通に接してくれたから、正当な理由がなく攻め込んできたら、追い返すくらいはしたい』


 国同士の争いには理由があると思うが、日本で育った俺としては国民をないがしろにした争いは見たくない。力に任せてルーペンの住民を虐げるのなら、俺の力やスキルが公になっても守りたいと思う。


『もちろん賛成ですわ。キュウヤが頑張るのなら私も力を貸します』

『レネが一緒なら、これ以上の頼もしさはない。そのときはお願いする』

 レネと俺の考えが一緒で助かった。俺とレネが念話で語っている間にも、新しい情報を舞い込んできた。


 どうやらクリニエル王国の勇者は全部で7名に増えたようだ。アオトとコハルが増えたと思うから、元々の勇者はコウキをふくめて5名らしい。本来の神殿でおこなう勇者召喚とは異なる勇者なので、その部分にも不満をこぼしていた。


 商人と思われる集団にも耳を傾けると、品物の売れ行き状況やほかの街についての情報を交換していた。最近はランダーの危険度が増してきたらしく、迂回ルートが一般的のようだ。


 クリニエル王国のきな臭さも話題にあがっていて、安全に商売するにはルシェロ王国内で回るのが安心できると話していた。拠点作りや日常生活が安定したら、ルシェロ王国の王都へ行くのも面白そうだ。


 周囲の世間話を聞いていると食事が運ばれてきた。

「お待ちどおさま。温かいうちに食べてください」

 テーブルの上に置かれた料理は、手のひらくらいの肉に野菜が少し盛り合わせてあるメインと、あとはスープとパンがついたセットだった。肉やスープから湯気が出ていて美味しそうな香りもするので、たしかに温かいうちに食べたい。


「情報はあるていど聞けたから食事にしよう」

「せっかくですから、冷めないうちに食べたいですわ」

 頂きますといって、スープに口をつけた。食材の宝庫である日本の味に慣れていると薄味に感じるが、具材であるキノコの歯ごたえと味がスープに馴染んでいる。


 次はメインの肉に手を伸ばす。ボリューム重視で食べごたえもあって、肉体労働をしている者には重宝しそうだ。肉は固めで、日本の柔らかい肉になれている俺には噛むのが大変だったが、固さ以外は普通に食べられる料理だった。

 パンも固めではあったが、周囲ではどの料理もおいしそうに食べているので、この味つけや食材が一般的なのだろう。


『庶民が食べる一般的な料理に思えるが、レネの口には合っただろうか。俺には少し薄味だったが、ボリュームがあって普通に食べられた』


 レネは食事をしながら、そのまま念話で答えてくれた。

『日本の食事と比べると異なる部分はありますが、料理は温かかくて味も悪くはありません。でもキュウヤが作る料理のほうが落ち着けて好きですわ』


 まだ数えるほどしか俺はレネに料理を作っておらず、それもあり合わせの食材で作った。料理人が作ったここの料理よりも見劣りはしていると思うが、レネが俺の料理をほめてくれたのはうれしかった。


『まだまだ満足のいく料理にはなっていないから、もっと食材や調味料をそろえてレネに日本食を食べさせたい』

『それは楽しみですわ』

『材料をそろえるのに時間はかかると思うが、期待してまっていてほしい』

 念話をしながら食事を堪能した。


 慣れてくると念話は楽で、他者に知られたくない内容を確実に共有できるメリットがある。ただ傍から見ると無言に映るので、他愛もない会話なら普通に話すほうが無難だろう。それにレネと普通に会話したい気持ちもあった。


 食事も終わって店を出たあと、服選びのために街中を移動する。

「レネはどのような服を着てみたいか。俺は槍を使うスタイルだが、まずは普段着として使える旅人らしい服装を考えている」

 神力があるから重装備は不要に思っていて、買うなら動きやすい革の鎧あたりまでと思っている。でも今日は街中を歩き回るときに違和感のない服を選びたかった。


「私もキュウヤと同じで、布などで作られた服装で平気です」

「服の種類が決まったから、街中を歩きながら店を探そう」

 レネと歩きながら店を探して、該当するいくつかの店から品質がよくて清潔感のある店で服を買う。予備をふくめて服を買ったが、アイテムバッグがあるのでかさばる心配はなかった。


 街では食材も買って夕方前には拠点へ戻ってきた。昼食時のレネの言葉を思い出して、今日はレネのために夕食作りに力を入れた。

 明日は薬草採取の依頼でフォリンタ森へ行く計画をレネと話し合いながら、楽しい夕食の時間を過ごした。

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