第9話 大柄な男の実力
「そちらはだれが相手をしてくれる。俺ならふたり同時でも構わない」
大柄な男が俺とレネを見ながら聞いてくる。大柄な男はこの前返り討ちにした暗殺者よりも強そうだった。レネの実力も見てみたいが、俺自身の力を試すのにはよさそうな相手にみえる。
『俺の動きがどの程度通じるか試したい』
『キュウヤにお願いしますわ。対人戦は魔物とは異なりますから、彼に勝てればキュウヤの神力が馴染んだ証でしょう』
レネとの念話を終えて、俺が一歩踏み出して棒を拾う。このままの形状では大剣に対して打たれ弱いので、表面に蜂の巣形状の補強用リブを鉱物加工で追加した。遠目からは変化は気づかないはずだ。
「俺が相手だ。武器はこの棒で構わない」
暗殺者とは対人戦の経験以前に終わったので、本格的な対人戦になるだろう。
「まともな武器にみえないが、壊れても責任は持たないぞ」
「補充はできるから平気だ」
俺の答えに大柄な男が大剣と盾を構えて応じた。レネや彼の仲間は少し距離を取ったので、いつでも戦える準備ができた。
「先手は譲ろう」
大柄な男は余裕があるのか、俺の攻撃を迎え受けてくれるようだ。ここはすなおにしたがって、胸を借りるつもりで対人戦になれていこう。
「言葉に甘えて、攻めさせてもらう」
棒を強く握りしめて、大柄な男へ向かった。頭の片すみにゲームでの動きを思い出しながら、相手の動きに合わせて臨機応変に攻撃を始めた。
大剣と棒による金属音があたりに響く。大剣の届きにくい体へ棒を突き出すが、体を反らされるか盾で止められてしまう。相手の攻撃は神力による俊敏性と棒さばきで無効にしているが、これでは埒が明かない。
やはり魔物と違って対人戦はむずかしいが、ゲーム好きな俺には逆に燃える展開でもあった。それでも現実は甘くなくて決定打を与えられない。
「威力はすごいがそれだけだ。本当にふたりで荒野を越えてきたのか」
大柄な男が余裕を見せながら俺を挑発する。
『キュウヤは考えすぎですわ。相手に合わせようとはせずに、己の力を信じて棒を振り抜くだけで勝てます』
レネからの念話で、どうやら初めての対人戦で自分自身を失っていたようだ。
『わかった。自分自身を信じてみる』
何も考えずに大柄な男へ一挙に詰め寄って、力を込めて脇腹に向けて棒を振る。
相手の大剣が棒を防ぐが、衝撃音とともに大剣は空中へと飛んだ。
棒は砕け散るがすぐに鉱物加工で作り直して、大柄な男ののど元へ突き出す。その瞬間に誰もが息をのんだようで、あたりに静けさが訪れた。
「参った、俺の負けだ。若いのに重い一撃で、鍛えれば勇者を超えそうだ。今の一撃なら中位魔物を倒せるのも納得できる。それに一瞬で武器を出したのにも驚いた」
静寂を破ったのは大柄な男ですなおに負けを認めて、うしろに控えている彼の仲間からは驚きの声が上がる。レネも俺の動きに満足しているのか、うれしそうな表情を見せていた。
「俺たちの疑いが晴れれば大丈夫だ」
『レネのおかげで勝つことができた。ありがとう』
大柄な男へ答えながらレネには念話を送る。
『相当強い相手でしたが、キュウヤなら勝つと思っていました』
レネが強い相手と認識するくらいだから、俺に神力やゲームでの経験がなければ負けていたかもしれない。
「挨拶がまだだった。俺はミュランで、見ての通りに戦士だ。これでも仲間うちでは負け知らずで、純粋な力くらべて負けたのも初めてだ」
ミュランという名前に聞き覚えがあって、たしか看守のひとりが頼りになる人物としてあげた名前と一緒だった。
「俺はキュウヤで彼女がレネだ。レネも俺以上に強いから、ふたりで荒野を渡ってこられた。ところでイーグリとフォーコという名前に聞き覚えはあるか?」
「ふたりを知ってはいるが、キュウヤとはどのような関係だ」
緊張感のある声で、いったん消え失せた俺たちへの警戒感が強まったと思えた。
「ちょっとした知り合いで、これを預かっている」
しまってあった金貨を取り出して、ミュランへ向かって投げる。受け取ったミュランは裏表を確認すると驚いたような表情を見せて、こちらに顔を向ける。
「ほかの者にも金貨を見せて構わないか」
「大丈夫だ。納得できるまでじっくり眺めてかまわない」
ミュランがうしろにいる仲間の元へ移動して金貨をみせる。俺には聞き取れなかったが、何かを話し合っている。しばらくしてミュランが俺たちの元へ戻ってきた。
「本物で間違いない。イーグリから何を言われてこの金貨を受け取った?」
「イーグリにはクリニエル王国で少し世話になった。国外へ行くと話したら、ミュランという男を頼れと言われて、そのときにこの金貨を渡された」
国外追放は言わなかったが、それ以外は牢屋での会話を思い出しながら答えた。
「そうか、それで俺に会ったら何を聞くつもりでいた?」
「とくに決めていなかったが、今なら荒野で拠点になりそうな場所だ。最初に答えたように荒野に拠点を構えて、ふたりでのんびりと暮らしたいと考えている」
街中で会えばまた違った質問をしたかもしれないが、今は拠点探しを優先しているから、何か情報があれば助かると思った。
「荒野で住める場所はほとんどないだろうし、もしあったとしても盗賊が根城にしているはずだ。ただキュウヤたちの強さなら話は別だ。中位魔物がいても平気というのならば、おすすめの場所がある」
「中位魔物の数にもよるが、たぶん平気だろう。誰も近づかないのなら、静かに過ごせそうなので場所を教えてほしい」
これから鉱物スキルや植物スキルを多用したいので、人目に付きにくい場所ならうってつけだった。
「それならここから南側に丘が見えるだろう。あの周辺は中位魔物が多くて、荒野を渡る商人たちもさける場所だ。ただ近くには沼があって、水には困らないだろう。多少の草木はあるが動物は少ないから、食料はルーペンで買うのが現実的だ」
東側にある1番高い山には神獣ドラゴンもいるから、魔物を狩れる冒険者の集団でもなければ近づかない場所だろう。判断するためにレネのほうへ視線を向ける。
『よさそうな場所だが、レネはどのように思う?』
『魔物は気になりませんから、住むにはよさそうな場所ですわ。草木が少しでもあるのなら、私の植物スキルも試せます』
レネの判断でも大丈夫そうなので行ってみる価値はある。
『それなら見に行って、問題なさそうなら拠点にしよう』
『楽しみですわ』
レネとの念話を終えてから、視線をミュランへと戻した。
「情報をありがとう、これから向かってみる。荒野には強い魔物が多いから、ミュランたちも気をつけてほしい」
「キュウヤたちも無理はしないでくれ。また機会があれば手合わせをしよう」
ミュランは俺に金貨を渡して、仲間の元へ向かった。最初に会ったときの陣形に戻ってから、ルーペンの方角へ向かって消えていった。
俺とレネは南側に向かって歩き出して、丘のふもとを目指した。
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