第8話 不審な者たち

 俺たちのほうへ歩いてきたのは使い古したローブを羽織っている6名の男女で、大きな荷物がないので商人よりも冒険者か旅人にみえた。先頭を歩く大柄な体格よい男は大剣と盾を持っていて、中央にいる男女ふたりを気遣っていた。


 今までの俺なら関わらないように避けて通るが、今は神力による精神力強化と魔物を倒した経験から、むりに避けるつもりはなかった。逆に荒野やルシェロ王国の情報を聞くにはちょうどよい相手かもしれない。


『彼らに周辺の情報を聞きたいが構わないか。仮に襲われたとしても俺とレネなら返り討ちにできると思う』

 俺は自然銅で作った棒を右手に握りしめて、レネは石英で作った小石を複数個持っている。小石は魔物退治で消費するが、そのつご俺が作って補充した。


『構いませんわ。もし私たちを襲うのなら、すでに取り囲んでいると思います』

 奇襲をかけてくる可能性もあるが、俺もレネの考えに近かった。彼らの動きはこちらを警戒していても、襲ってくる雰囲気はない。


『山へ向かうのに、道を教えてもらう振りで近づいてみる』

 レネに念話を送ってから、相手を刺激しないようにゆっくりと彼らの前方へ移動する。レネは俺の横を一緒に歩いて来てくれた。


「旅人か冒険者に見えるが、山の状況について教えてもらえないか」

 彼らから見える位置で、少し離れた距離から声をかけた。


 中央の成人している男女ふたりを守るかのように周囲が動いているが、中央のふたりも動きに無駄はないので戦えば強そうにみえた。

 先頭にいる中年の大柄な男のみが俺たちの前へ近づく。うしろにいる者たちは武器を構えていないが、いつでも動ける体勢にみえた。


「一般知識くらいの情報しか知らない。それにルーペンの街から来たと思うが、街で山に関する情報を聞いてこなかったのか」

 街はルーペンという名前で、こちらを警戒しながらも大柄な男が答えてくれた。


「俺たちは旅人で、ちょうど前方から人が見えてきたので、山に詳しいと思って聞いた。とくに道の状況や魔物の種類、休憩できそうな場所があれば教えてもらえると助かる。もちろん俺たちに敵意はない」


 ルーペンの街を詳しく知らないので適当にはぐらかして、敵意がないのを示すために棒を手前へ放り投げる。俺の行動をみて、横にいるレネはすべての小石を地面へ落とした。俺たちは手ぶらになったが、素手でも負けないつもりはない。


 俺たちの行動をみて、大柄な男は後ろへ視線を向けた。中央の男が頷いたので、この集団のリーダーだろう。

「1番高い山へ向かって道は延びているが、途中で迂回するように両側に分かれている。北側の道はルシェロ王国に南側の道はクリニエル王国へ続いている。魔物は何処でも出現するから安全地帯はないから、ルシェロ王国ならルーペンへ戻るべきだ」


「南北へ行く道だけなのか。山の向こう側にある国へ行く方法はあるだろうか」

 まだ遠くへ行くつもりはないが、周囲の情報は知っておきたかった。


「山越えになるが、1番高い山に神獣ドラゴンが住んでいるからお薦めはしない。行くとすれば南北のどちらから迂回するしかないが、山周辺にはロックボアーなどの中位魔物がいるからふたりでは無理だ」


「ロックボアーを知らないので教えてほしいが、荒野で見かけたキツネやトラに似た魔物と同じくらいの強さなのか」

 荒野の魔物と同じくらいの強さなら、今の装備でも問題なく移動ができる。神獣ドラゴンはさすがに強いと思うが、魔物と異なるらしいから話し合えるだけの知性があるとうれしい。


「たぶんキツネは下位魔物のニードルフォックスで、トラは中位魔物のブラッドタイガーだろう。ロックボアーはブラッドタイガーと同程度の強さだ」


「山へ向かう道と魔物の情報は助かった。ありがとう。南北に分かれる道まで進んでから、何処に向かうかは考えてみようと思う」

 ブラッドタイガーを倒しているから、同じ強さのロックボアーなら俺とレネなら問題ないだろう。


 俺と大柄な男が話している間、中央にいる男女ふたりが俺たちを見つめているのに気づいた。レネはその視線を気にする様子もなくて、自然体で俺の横にいた。


「この周辺に住んでいる者なら知っている内容だから気にするな。ところで俺からも質問しても構わないか」

 大柄な男からの要望で、これだけこちらから質問したのだから断るのは悪い。


「答えられる範囲になってしまうが大丈夫だ」

「旅人らしいが、わざわざ危険な荒野を歩いている理由は何だ?」

 どう答えるか迷ったのでレネに念話する。


『適当に嘘はつけるが俺たちは荒野に拠点を構えたい。彼らが荒野でも活動しているのなら、あとあと嘘と分かって信頼を失うのはさけたいから、ここはすなおに荒野で拠点を作ると答えておくべきだろうか』


『わざわざ面倒を作ることはありませんわ。正直に話しても私たちが損する訳ではありませんから、堂々と答えて平気です』

 レネは俺を後押しするような答えを用意してくれた。知らない相手に何処まで話すか迷っていたが、レネにとっては些細なことだったのかもしれない。


 視線をレネに向けて無言で頷いてから、顔を大柄な男へと移動させた。

「じつは人の少ないところに拠点を構えて、ふたりでのんびりと暮らしたいと考えている。クリニエル王国から移動してきて、この荒野がよさそうだったので、山側に住めそうな場所がないかと探していた」


「クリニエル王国からだと!」

 威圧感のある声で大柄な男がこちらをにらむと同時に、うしろにいる者たちも武器を構え出す。俺たちを倒すために国王が派遣したとも考えたが、会話などをせずに奇襲するはずだから、彼らのほうがクリニエル王国から逃げている可能性が高い。


 以前の俺なら相手の殺気は把握できなかったし、これほどの緊張感では冷静な判断もできなかっただろう。これも神力によって精神力が鍛えられている影響だ。


「何か問題があるのか。ふたりで荒野を渡ってくるのに驚いているのなら、心配しなくて平気だ。俺たちふたりなら荒野の魔物を倒せるくらいには強い」

 どのように判断するのかは分からないが、俺の話を嘘だと受け取ったとしても無闇に動く危険は冒さないだろう。


「ふたりで荒野を渡れるとは考えにくい。それよりもお前たちふたりはクリニエル王国の住人なのか」

 言葉を選ぶように大柄の男が質問する。


「それは違う。たまたま荒野へ来る前にクリニエル王国で滞在していただけで、さきほども説明したが荒野に拠点を探している」

 彼らにはクリニエル王国との間に何か事情がありそうだが、こちらから聞けば話しがややこしくなるだろう。


 次の質問を待っていると、今まで横にいたレネが大柄な男の前へ歩き出した。

「もし強さを疑うのでしたら、私たちの実力を試してみてはどうかしら? こちらはひとりでも、あなたたち全員と対戦できますわ」

 レネにしては珍しく、相手を挑発する発言だった。きっと俺たちが嘘をついていないことを証明するためだろう。


「力勝負での話し合いは嫌いではない。俺が相手だ」

 レネに答えたのは大柄な男だった。

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