第4話 クリニエル王国の事情
扉のおくからは看守のひとりがお盆をもって俺たちの前で止まり、お盆からパンとスープをおく。
「食事だ。食べられる代物ではないが、無理してでも食べておくことだ。荒野は凶暴な魔物が多いが、お前たちが生き延びるのを祈っている」
パンとスープを受け取って、情報を得られるこの状況を有効に使いたい。
「召喚されて何も分からないから、少し質問しても平気か」
「かまわないが、何を知りたい?」
拒否されると思ったが、すなおに応じてくれて助かった。牢屋まで連れてきた騎士たちは横柄な態度だったが、看守のふたりは常識があるように思えた。
「まずは追放される荒野だが、この国との関係や暮らせる場所なのか知りたい」
「荒野は隣国との干渉地帯でどの国にも属さないが、そのかわりに無法地帯となっている。さらに強い魔物が徘徊していて、商人たちは迂回するか冒険者を護衛につけて移動している」
俺とレネが普通の人間なら1日と持たない場所だろう。無法地帯だが、どの国にも属さないのは朗報かもしれない。冒険者や魔物がいて勇者まで存在するから、何となくファンタジーの世界を思い浮かべた。
「荒野へ行ったら盗賊や魔物に気をつけてみるが、この国と隣国をよくしらないから教えてもらえるか」
「この国を知らないままだったのか。陛下にも困ったものだ」
「自国の国王へ、そのような発言をしても平気なのか」
ぼやかした表現で聞き返す。
「ここには誰も来ないし、俺ともうひとりのあいつは看守という名の追放だ。こうみえても俺は騎士団の元隊長で、もうひとりは副隊長だった。王都に残った第1王子派は、ことごとく仕打ちを受けている」
思った以上に複雑な事情があるらしい。
『食事が遅くなるが、もう少しこの国の状況を聞いても構わないか。今の国王について情報が分かるかもしれない』
念話でレネに聞く。
『構いませんわ。私たちには時間が充分あります』
どうせ明日の朝まで暇だから、情報は聞けるうちに教えてもらおう。
「本来は第1王子が国王になる予定だったのか」
「その通りだ。だが第1王子と第2王女が魔物退治に行っている間に、前国王陛下が突如崩御なされた。第1王子が戻ってくる前に、準備していたかのように第2王子と第1王女が結託して、第2王子が国王になってしまった」
表現はぼかしているが、前国王は暗殺された可能性が大きそうだ。跡継ぎ問題に隊長格が巻き込まれたのか。
「ほかには王子や王女はいなかったのか」
「もうひとり第3王女が神殿で働いていたが、今は行方不明のままだ」
「姿を消したのは気になるが、そういえば今の国王は勇者を召喚しているが、それは国として昔から実施していたのか」
最近日本で多発している異世界召喚は現国王だと思うが、俺たちのような境遇がほかにもいたのか知りたかった。
「第2王子が国王になってからだ。勇者に関してだが、陛下の召喚スキルで異世界から呼んだ者を、陛下自身が国内外へ勇者と広めているだけだ。本来勇者と名乗ってよいのは、神殿でおこなう勇者召喚で呼ばれた人物のみだ」
「それなら何のために勇者と呼んでいる?」
素朴な疑問だった。異世界召喚の善し悪しは別にして、わざわざ勇者を名乗らせる理由がわからない。召喚された者はうれしい気持ちになるかもしれないが、神殿から本来の意味を聞かされれば落胆が大きくなる。
「表向きは本来の勇者と同様に魔族や魔物を退治するためで、勇者の魔力やスキルをみれば魔族に対抗できると分かるから誰もが納得する。だが実態は領土拡大のために勇者を使うつもりで、魔族や魔物ではなくて相手は人族や獣族だ」
「本来は魔物以外にも、魔族は退治する対象なのか」
荒野に強い魔物がいると聞いていたが魔族は初耳だった。
「アコトカ神殿の伝承にもあるが、魔族と魔物は俺たち人族や獣族の敵と考えて間違いない。魔族は魔物にくらべて非常に強いから、見かけたら戦わずに逃げろ。いまのところ荒野で魔族は見かけていないが注意することだ」
合わせて教えてくれたが、人族には俺と同じ見た目のヒューマン族、エルフ族やドワーフ族などがいるみたいだ。獣族はキャット族やベアー族などがいるようで、いつかは会ってみたい。
「わかった。魔族には関わらないようにする」
神力による身体能力やレネがいれば負けないとは思うが、魔族には注意したほうがよさそうだ。
「その考えがあれば長生きできる」
「ほかには生き延びるのに知っておくことはあるのか」
「最後の街を出たら、北を目指すと隣国へつける。丘と山の間をまっすぐ進むだけだが、徒歩でも何事もなければ2日で隣国の街へつける」
「その距離なら食料や水がなくても、荒野を横断できそうだ」
隣国へ行くのに何日もかかるようなら、食料と水の確保が必修だが、今の俺たちなら2日くらいは問題ないだろう。
「街へ行けたら神殿を訪れるのがよいだろう。神殿はどこの国にも属さないから、場合によっては保護してくれる可能性もある」
神殿は治外法権に似た影響力がある場所のようで、レネが神と会話したいと話していたからちょうどよいかもしれない。
「それと魔物を倒すと手に入る魔石は街で売れるから、魔物を倒したら忘れずに取っておけ。ただ荒野には強い魔物が多いから無理はするな」
追加情報として教えてくれた。詳しく聞くと魔石は小石みたいなもので、魔物は魔石以外にも、まれに素材も落とすらしい。
「荒野に追放されたら、無理ない範囲で魔物を倒して隣国の神殿を目指してみる」
「それが現実的だ。そうだ忘れていたが、この国はクリニエル王国で隣国がルシェロ王国だ。追放される荒野はランダーで、魔物ではないが近くに神獣ドラゴンや幻獣フェンリルが住んでいるから、くれぐれも山や森には近づかないことだ」
この世界には本当にドラゴンが存在したようで、戦いたくはないが一度は目にしたいほどの興味はあった。
「詳しい情報をありがとう」
思った以上に情報を仕入れることができた。お礼を言ったとき、扉の外で机を叩く音が聞こえた。
「どうやら誰かが来たみたいだ」
看守は俺たちの前から去って扉の奥へと消えた。扉の外から話し声が聞こえたあとに再び扉が開いた。今度は看守ではなくて、俺たちを見下したような笑みを浮かべている勇者コウキだった。
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