第5話 性格の異なる勇者たち

 明日追放される俺とレネの元へ、勇者コウキが訪れた。わざわざ王宮の地下牢へ来るのだから、何かしら話しがありそうだ。


「お前たちも日本人らしいが、牢屋での生活など初めてだろう。その女を俺様によこせば、荷物持ちくらいにはしてやるぞ」

 コウキは値踏みをするようにレネを見始めたので、その間に体を移動させる。


「お断りだ。牢屋も慣れれば静かでよい場所だ」

「強がりを言っていられるのも今のうちだ。女のほうは俺様の元へ来ないか。たっぷり可愛がってやるし、好きなものを買ってやるぞ」

 国王に気に入られているのか、レアなスキルを持っているからか、何でも希望が叶うような素振りだった。


「興味がありませんわ。それに私と対等に話せるのはキュウヤだけです」

 レネもきっぱりと断った。俺を対等な立場で考えてくれたのはうれしかった。逆にコウキは俺とレネのふたりから拒否されて、みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「国会議員の両親から育った俺様に、たてつくとは何様のつもりだ。召喚されたときも余裕をみせているのが気にくわない。陛下が国外追放をしていなければ、この聖剣シャルルーンですぐに倒している」


 腰に下げていた剣を取り出して、俺の前に剣先を向ける。昔の俺なら恐怖で後ずさりをしていたかもしれないが、今は神力とレネのおかげで剣くらいは簡単に対処できると肌で感じていた。


「俺たちの意思を述べただけで争うつもりはない。ただ俺とレネは魔力はないが非常に強いから、もし俺たちを倒しにくれば返り討ちにする」

 神力を感じたからこそわかった自分自身の能力だ。この世界は魔族や魔物がいるから争いが絶えないかもしれないが、個人的にはレネと平和に暮らしたい。その中でレネを神にする手掛かりをみつけたい。


「女の前だからといって強がりを言うな。俺様は陛下が認めた勇者で、いずれは陛下と一緒に大陸を制覇するのが野望だ。従わない国や人族や獣族を倒していくが、捕まえて奴隷にするのも面白いかもしれない」

 薄笑いを浮かべて自分の言葉に酔っているようにみえる。強いスキルと強い武器で気持ちが大きくなったかもしれないが、もともとの性格が大きいように感じた。


「俺はこの国の出身ではないから領土拡大には口を出さないが、勇者なら人族や獣族の敵である魔族や魔物を倒さないのか」

 大陸の制覇が野望だといっても、魔族や魔物を倒すのが先のような気がした。


「ほかの勇者と同じ事を言うが、魔族や魔物には興味ない。俺様の興味は俺様の野望で、そのためなら誰とでも手を組むが、お前たちみたいな弱い者は邪魔なだけだ。もし荒野からこの国へ戻ってくるようなら俺が倒してやる」


『キュウヤ、彼の目に異様さを感じて、これ以上の話し合いは無理ですわ』

 レネからの念話で、俺の考えも同じだった。

『わかった。ここまで相手を見下す奴と話し合うのは、俺もつかれる』

 これ以上は得るものはないし、コウキには帰ってもらおう。聖剣シャルルーンと剣聖スキルがどのていど強力かは不明だが、俺たちも倒されるつもりはない。


「荒野で過ごすつもりだから安心してくれ。それに勇者様は忙しいはずだ。俺たちに構っていないで部屋に戻ったらどうだ」

「俺様に指図するとはしゃくに障るが、俺様が忙しいのはたしかだ。俺様に従えば長生きできたものを、せいぜい今日を楽しむことだ」

 コウキは剣を収めて牢屋から出て行った。


 食べるタイミングを逃した質素なパンとスープを口にして食べ終わるころに、また扉の開く音が聞こえた。視線を向けると、俺たちと一緒に異世界へ来たアオトとコハルの姿があった。


「ふさぎ込んでいると思ったけれど、食欲もありそうでひと安心じゃん。人目を盗んでもってきたものがあるから、受け取ってくれ」

 アオトが小声で話すと、コハルが袋を俺たちへそっと渡す。受け取った袋を開けると柔らかそうなパンとみずみずしい果物が入っていた。普通に考えれば看守に取り上げられそうだが、どうやら見て見ぬ振りをしてくれたようだ。


「品物として残るものは明日取り上げられる可能性があるから、食べ物のみにしたのよ。あまり多くないけれど、少しはお腹の足しになるかな」

 コハルの言葉通りに、日本での食事を考えると充分な量とは言えないが、量よりも俺たちを心配してくれた心遣いがうれしかった。


「俺たちの食事には果物がなかったから、これだけでも助かる。若いのに思いやりがあって、どこかの勇者とは大違いだ」

「うれしいですわ。アオトもコハルも今の高校生にしてはしっかりしています。きっと神様は見放しませんわ」


「おれたちと同年代なのに、発言が大人びているじゃん」

 実年齢は20代後半だが、見た目はアオトたちと同じ高校生だった。レネは相当年上のはずだが、何歳か聞くのは失礼に当たると思った。


「周りに年上が多かったから、そう感じるのかもしれない。パンと果物を食べて、荒野で楽しく生きていくつもりだ。それよりもアオトとコハルは大丈夫だったか」

 召喚されたときに、俺たちを庇って発言していたから心配だった。


「すこし目をつけられているかな。でも大丈夫よ。わたしもアオトも有効なスキルをもっているから、放り出されることはないと思う」

「おれたちよりも荒野へ追放されるキュウヤとレネは大丈夫か? うわさでは強い魔物が現れるらしいじゃん」

 アオトとコハルが心配そうに俺たちを見る。


「大丈夫ですわ。私もキュウヤも格闘技や剣術のたしなみがあります。魔族が現れたとしても、負けるつもりはありませんわ」

 レネが堂々とした態度で答える。傍から聞くと虚勢を張っているように思えるかもしれないが、神力を経験した俺にはその通りの言葉に聞こえた。


「その言葉を信じているから、次は自由な身同士で会おうじゃん」

「あまり長い時間部屋を開けると怪しまれるから、そろそろ行くよ。本当に無理をしないでほしいかな」


「アオトとコハルも元気でいてほしい。また会おう」

 俺の言葉を聞いて、アオトとコハルは手を振ってから扉の外へ出て行った。残された俺とレネは、差し入れのパンと果物をおいしく食べた。


 しばらくすると、元隊長である看守が扉を開けて入ってきた。

「何も分からず召喚されて国外追放になったことは、王国のひとりとして申し訳なく思う。俺には何も手助けはできないがこれを渡しておこう。もしミュランという大柄の男に会ったら頼るとよい。いかつい顔をしているが信頼できる男だ」


 渡されたのは500円玉サイズの金貨で、両面には別々の模様が刻まれていた。繊細な作りで高価な品物とひと目で分かり、希少性も高いだろう。

「俺たちに金貨をくれるのか」


「もらってくれ。特別な金貨だから、お前たちが信頼した者以外には見せないでほしい。ミュランに金貨を見せれば、お前たちを邪険にはしないだろう。俺の名前はイーグリで、もうひとりがフォーコだ」

「わかった。ありがたくもらっておく」

 俺が懐に金貨をしまう姿を見届けると、イーグリは扉の奥へ戻っていった。


 翌日の朝早くに王宮の裏門へつれて行かれて、みすぼらしい馬車へ乗せられる。護衛という名の見張り役が数人ほど同じ馬車へ乗って、荒野へ向けて移動を始めた。

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