第3話 パパ活、目標が出来ました
「ふー、買った買った」
余は満足じゃ、と言わんばかりにほくほくとした笑顔で大量の本が入った紙袋を手に提げるパパ──璃央さんに、若干顔を引きつらせながら苦笑いを向ける。
なんというか、本当、いつもとイメージが違う。
これが年相応というやつなのか何なのか……、とにかく、なんだか落ち着かない。
だけど嫌な感じは不思議と全くない。
それにしても、欲しかった本の発売日だって言ってたから好きな本一冊のために来たのかと思いきや、こんなに大量の漫画を一気に買い込むなんて。
「それ、全部パ──璃央さんが読むの?」
「もちろん。俺以外に誰がいる?」
イメージの大崩壊だ。
だけどそれは悪い意味ではなく、なんだか少し、親しみやすくなった気がする。
「まいかちゃんは?」
「へ?」
「まいかちゃんは本を読んだりしないの? 漫画でも小説でも、絵本でも」
もう絵本という年頃ではないのだけれど、璃央さんの中では私はいったい何歳なんだろうか。
「私は何でも読むよ。漫画も好きだし、小説も、ミステリー文学からライトノベルまで幅広く」
「へぇ……すごく意外」
意外とはなんだ失敬な。
そんなに私は本を読まなさそうに見えるのだろうか。
自慢じゃないが本は好きだ。
図書館司書になるために短大志望したぐらいには。
「あ、そこの喫茶店でお茶していく? 俺も今日はこれ以外予定はないし、まいかちゃんだってぼっちでしょう?」
「行く!!」
この際ぼっち扱いでもなんでもいい。
璃央さんから何かに誘ってくれることなんて初めてなのだから、それに乗っかる以外の選択肢はないと考えた私は、すぐにそう即答した。
「ん。なら行こうか」
そして私たちは、すぐそこにある少し古びた落ち着いた喫茶店に入店した。
***
「──で? まいかちゃん、普段からそんなにいろいろ本を読んでるの?」
頼んだコーヒーをすすりながら、興味津々と言った表情で目の前の私を見つめる璃央さん。
大人だ。
その仕草一つ一つに紛れもない大人を感じる。
対して私は、ほっかほかのホットケーキとクリームソーダという、まぁ女子高生らしいと言えばらしいオーダーだろうが、璃央さんと比べたらお子様メニューのように感じられて、なんだか複雑だ。
「うん。本読むの好きだからね。それに、あんま早く家に帰りたくなくて、もともと授業終わったら図書室直行だったし。今も璃央さんが帰ってくる時間までは図書室で本読んで時間潰してるんだ。多分、うちの学校の本ほぼ制覇してるだろうね、私」
本を読んでると時間が溶ける。
現実を忘れて、新たな世界に入り込むことができるから。
この世界からの逃げなのかもしれないけれど、それでも私の心を掬い上げてくれるものの一つだ。
「へぇ……すごいね」
「一応私、図書館司書になるために短大に行くんだ。卒業してすぐ独り立ちするために、土日は知り合いの喫茶店で朝から晩までしっかりとバイトしてお金貯めてるの。っていっても、もうあらかた貯め終えてるから、今は半分暇つぶしでもある。趣味『仕事』みたいな」
家にいるより、外で働いた方が良い。
暇が潰せるうえお金まで手に入る。
あぁ、なんて素敵なんだろう。アルバイト。
「うん、社畜の気があってお兄さん心配になって来たよ」
そう璃央さんが苦笑いをして、私もそれに応えるように苦笑いを返した。
「学生なんだから、もっと青春したら? 彼氏は?」
「いたらここにはいない」
「そりゃそうか。まぁ、お子様にはまだ恋愛は早いか」
からかうように言われたその言葉に、私はむっと唇を引き結んだ。
「告白はされるもん。全部断ってるだけで」
受験が終わって残り少ない高校生活をエンジョイしようと彼氏彼女を作ることに力を注ぐ人が多いのだろう。
最近はやけに多い。
「この間だって下校途中に告白されたけど、『パパ活あるからごめん』って断ったんだから」
「その断り方はやめた方が良いと思うよ、誤解を招くから」
こんなにもパパ優先に過ごしているのに、璃央さんは相変わらず私を子ども扱いする。
なんだか悔しい。
「……あのさ、璃央さん」
「ん?」
「毎日私が来て、迷惑?」
ぽろりとこぼした小さな不安。
迷惑を考えていなかったわけではない。
だけど、璃央さんが受け入れてくれるのをいいことに、私は璃央さんに甘えてしまっているのも確かだ。
「……迷惑」
視線を伏せた私の頭に、ぽん、と大きな手が載せられる。
「──だったら、毎日二人分の食材買って帰ってないよ」
「っ……」
穏やかな瞳が、私をまっすぐに見つめて細められる。
温かい。
載せられた手のぬくもりが、身体いっぱいに広がっていくようだ。
「す……素直に『まいかちゃんが来てくれて嬉しいよ』ぐらい言ったらいいのにっ。璃央さん素直じゃなーい」
「そこまで言ってないからな!?」
「ご飯よりもお風呂よりも私を選んでもらえるように、私、頑張るね!!」
「頑張らんでいい!!」
こんなバカみたいなやりとりが心地いい。
予定もなく途方に暮れた休日は、自然な笑顔であふれる温かい休日になったのだった。
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