第2話 パパ活、休活日です。


「お疲れ様でしたー」


 日曜日。

 私は基本1日中小さなカフェでバイトをしている。

 が、今日は急なシフト変更で昼までになって、これから帰宅の途に就く。


 とはいえ休日のこの時間、恐らく家には母と、母の彼氏がいることだろう。

 母の彼氏は悪い人というわけではないけれど、やっぱり私は家に居づらさを感じている。


 私が独り立ちして家を出たら、そんな居づらさを感じることも無くなるんだろう。

 そして、私が卒業するまでは婚姻関係を維持するらしい両親の中途半端な状態も終わって、父も母もそれぞれ幸せになる。


「仕方ない。夜までぶらぶらしよう」

 そう思い至ったは良いものの、平日は放課後から夜までパパの家に入り浸り、休日はバイト三昧だった私は、いざ休みとなるとどうしていいのかわからない。


「美紀たちは彼氏とデートだろうし……」

 私と同じく既に受験が終わっている友人たちは、皆それぞれ彼氏とのデートを楽しんでいるようでなかなか誘いづらい。

 かといって、休日にまでパパの家に押しかけるのも気が引ける。

 パパも予定があるだろうし。

 いや、普段から遠慮しなさい、って話なんだろうけれど、どうしても離れられないのだ。

 ……あれか。カレーで餌付けでもされたのだろうか。

「私チョロすぎん……?」

 いや、仕方がない。

 あのカレーが絶品だった。ただそれだけだ。


「はぁ……。いつまでも甘えててもいけないんだけどね」

 そう自嘲気味に笑みをこぼすと、私はふらりと腕を抱えて歩きだした。


 まだまだ肌寒い季節。

 恋人たちが寄り添い歩く姿に、私は眉を顰める。


 ──キモチワルイ。


 ふと、そう思ってしまった。


 人の愛というものはすぐにくずれて、心は離れていってしまう。

 両親にしてもそう。

 永遠の愛を誓ったはずなのに、その愛の結晶すらも今や彼らにとっては無なのだ。


 偽りで、脆いものばかり。

 なのにどうしてこうも──焦がれてしまうのか。


「まいかちゃん?」

「この声……、パパ……!!」

 よく知る声に名前を呼ばれて勢いよく振り返ると、そこには思った通り、パパが立っていた。


 私服姿……!!

 いつも仕事終わりでスーツをしっかりと着こなしている姿しか見てこなかったから、何だか新鮮……!!


「珍しいね、こんなところで」

「休日はこの近くのカフェで1日バイトしてるんだけど、今日はオーナーの都合で半日になって……。家にも帰れないし、夜までぶらぶらしようかなーって」


 私がそう言うと、パパは少しばかり眉を顰めてから、私にだけ聞こえるような声で「まさかパパ活?」とたずねた。

「へ!? するわけないじゃん!! やることも決まってないけど、パパ活はパパにしかしないって決めてるもん!!」

「それはそれでどうなんだろうか……」


 誤解してもらっては困る。

 パパに好かれようと奮闘する活動──略してパパ活はこのパパだからこそできる活動だ。

 皆にするわけではない。


「で、やることが決まってないって? 友達いないの?」

「うっ……い、いるもん!! だけど、受験終わった組は皆彼氏とデートとかリア充中で……」

「あぁ、ぼっちで何したらいいかわからない感じか」

「ぐはっ……!!」


 言葉の刃っ!!!!

 でも図星だから何も言えない……!!


「んー……、なら、俺と一緒に行く?」

「へ? え、行くってどこに……」

「ん? とりあえず本屋かな。買いたい本があるんだけど、俺も一人だし、本屋以外は特に予定はないからさ。暇なら一緒に行こう」


 そう差し出されたのは、大きな右手。

 見上げれば穏やかな表情。

 そして私は戸惑いながらも、その手を取った。


 ***


 しばらく歩いてたどり着いたそこは、私もよく訪れるこの街で一番大きな書店だった。


「今日は読みたかった本の発売日でね。そのためだけに重い腰を上げて街に繰り出したってわけさ」

「重い腰って……」

「休日は家でアニメ見てゲームしてごろごろしていたい派」


 陰キャか。

 だけど家でそんなふうにくつろぐことができるなんて、少し羨ましい。

 家でごろごろアニメ見てゲームしてだなんて、もう久しくそんなことできてはいない。


「あ、あったあった、これだ」

 そう言って手に取った本は、小難しい専門書でもミステリー文学小説などでもなく、意外にも漫画の単行本。

 さっきもアニメ見てゲームしてごろごろしてたいって言っていたし、真面目でお堅いイメージのパパとは違う、若者らしい一面に思わず言葉を詰まらせる。


「パパ、意外と若者?」

「意外ととか言うな。ぴちぴちの29歳だ」

「マジ?」

「大マジ」


 普段きっちりとスーツを着込んで髪もセットされてるし、落ち着いた性格をしているだけにもっと年上のように思えていたけれど、確かに私服を着ているところを見るとイメージはがらりと変わる。


 イメージ通りの落ち着いた装いではあるものの、シルバーのネックレスやイヤーカフは年相応の若者だ。

 おまけに今日は髪の毛はセットされているわけでもないナチュラルヘアだから、妙な硬さもない。


「パパ臭がない」

「だからパパじゃないって。ていうか、こんな店の中でパパ言うのやめなさい。まいかちゃんはそのつもりなくても、あらぬ誤解を招くから」

「むぅ……」


 パパじゃなかったら何だってんだ。


「ならダディ?」

「欧米か」

「父上?」

「時代劇か」

「おとん」

「何でだよ……」


 どれに対しても文句をつけてくる。

 一体何なら納得するんだ。

 私が頬を膨らませると、パパは深くため息をついてから「璃央」と小さく口にした。


「へ?」

「りーお。そろそろ覚えな、俺の名前」

「~~~~~~~っ」


 こちらに視線を向けることなく照れくさそうに放たれた言葉に、何だかよくわからないけれど胸が詰まる。


「璃央パパ!!」

「なんでだよ……」


 照れてるのはたぶん、私も一緒。


 今日はどうやらパパ活休活日になりそうです。





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