二話 二

 一度受付で換金作業をした。後でおろしにいくので、手元には無い。

 勿論今直ぐ受け渡してもらうことも出来るが。


 一度消臭専用の部屋で消臭する。


「……はぁ」


 俺含め、多くの人がここで一休みしている。

 端の方の席に座って、緩い風を浴びながら、室内のモニターに目をやった。


 消臭室のモニター。

 ここは基本、ダンジョン配信者が映し出されていたりする。

 誰も配信していない時には、映ったりはしていないが……


 ダンジョン配信者。


 代行業とは、天と地の差。


 探索者という職業に加え、配信、動画投稿を行い、二足の草鞋を履いた人だ。

 代行なんていう、探索者以下で、今現在行われている企業闘争にすら影響力がほぼ無い、本格的に無価値な存在とは比べ物にならない。


 ダンジョン界隈は、頻繁に起こる企業闘争のせいで、企業は他企業の手を殆ど借りないようになってきている。

 しかし中には、どこの企業にも属さない傭兵のようなものが存在している。それが代行。

 といってもそんな実力があるわけじゃない。


 フリーの探索者の中で、依頼を受けるムーヴをしているのが代行。探索者代行。

 依頼なんて受けなくとも、自らの手で成り上がっていくのがフリーの探索者。


 そして今現在、モニター越しに見えるのは、そのフリーの探索者の中で天辺とも言える人だ。


 月雪澪。


 スキルの鑑定は義務教育終了後からだが、セントラルの場合はそれに限っていない。

 セントラルを使い、幼稚園の頃に数々のダンジョンをソロで制覇した少女。

 全国模試は二桁前半。スポーツも出来て、顔もいい、そんな天才。


 月雪澪は、名家、月雪家の一人娘だ。

 金、力、そして美貌を併せ持った現人神とも言えるくらいの存在。

 まあそれは言い過ぎだが、とにかく、世界最強に一番近い人と言える。

 ダンジョンの世界ランクにて、三位をトリプルスコアで突き放して二位。つまり世界で二番目に強い。


 尚、一位とは二十倍くらい離れている。

 月雪澪を比喩で表すならば、理論値、といった存在。この場合一位が外れ値扱いだ。


 日本国籍ではダンジョン出現以降のランクで最高記録。

 持ち武器は刀。相性不利以外には大体勝てる、と公言している。


『いつもよりモンスターがいませんね……』


 と。いつも通り敬語で配信を続ける。


 真っ白な髪に、六花の紋様が入った二つの瞳。

 端整で華麗な顔はしっかり化粧をしている。

 濃紺の着物は月雪澪の正装らしい。腰の刀は脇差も含めて二本分ある。

 スキル『絶対零度アブソリュート・ゼロ』は、多くの敵を屠ってきた絶技だ。


 ちなみに同い年だ。というか同じ学校で、何なら同じクラスだ。

 月雪って苗字が五組にあったのである。寝てたんで丁度本人のことは見ていないが、一応同じクラスだったはずだ。


『投げ銭ありがとうございます。この間、ダンジョンで人が死にそうになっている所を放置してしまいました……』


 『無理にでも救ったほうがよかったのでしょうか』と。読み上げる。


『これは、救わなくても大丈夫です。

 例え誰の責任であっても、責任を取らない人はいっぱいいます。

 例えば、親はよく、子供を産んだくせに、育てる責任を放棄しますよね。所詮人間はそんなものです。

 そんなのでも結婚して子供産んでるんですし、気にするだけ無駄です』


 と、月雪澪は言う。

 俺には割と、その通りだと思った。

 彼女の家庭には、何か問題があるのだろうか。

 まあ、俺には関係ない。知る由もない事だ。


『仮に助けた所で、不義理で返されることもありますしね。配信者を異性の一般人が助けて炎上した事例も多くありますし』


 月雪澪は、ドライにそう言った。

 彼女の思考の内側を読み解くことは出来ないし、恐らく、彼女と関わる機会など何一つない。


 ……さて。

 そろそろ、行くか。




 now loading……




「……お」


 と。ファイアピッグを発見した。


 周囲には誰もいない。

 重力で前と同じように手早く潰して、縄で縛る。


 背中に背負って、持って帰り始める。


「……二時か」

 午前二時。いつもよりかなり早い帰り。

 丸一日掛かっても見つけられない日も珍しくないのだが、今日はかなり早く帰れそうだ。


 もう夜も夜だし、と。

 道を戻り始める。


 最下層へは、三つの種類の行き方がある。

 一つ目は、階段を降りる方法。一定の地点には階段や簡易拠点があって、そこから降りることができる。

 二つ目は洞窟のルートを辿る方法。下り坂になっている道を見つければ、下層に行ける。

 三つ目は、渓谷を降りること。浅い所から深い所まで昇降出来るので、偶に使う場合もある。


 下り坂を登って、すぐに渓谷に辿り着く。

 行くときは対岸から来たので、対岸に行きたい。

 フェンスの内側となる縁を歩きながら渓谷を進むのだ。一々降りてもいいが、流石に手間がかかる。


 下の方を見ていると、遠くに着物姿の誰かがいた。

 誰かの傍には、ドローンらしき小さな飛行物体。

 明らかに月雪澪だ。


 配信に映らない内にさっさと帰ろう。と縁の方を渡っていく。

 すると、急に――地面が、揺れた。


「なんだ……?」


 いくらなんでも、違和を感じる。


「……これは」


 この振動は、遺跡や神殿など、人工物のダンジョンでよくある現象だ。

 端的に言えば、周囲の石造物が一つになり、新たなモンスターが発生する。


 それは大抵の場合、ゴーレム。幽霊が岩を合体させ、憑依して、遺跡や神殿に近づくものを守るというもの。

 文字通り、自己防衛の存在だ。

 決して自然系で起こるものじゃない――


 振動により、俺は一度尻餅をつく。

 地を這うようにして揺れを軽減する。


 そして……その揺れが、収まった。


 慌てて立ち上がると、ポロ、と、踏んでいた床が崩れた。


「……」


 背筋を冷や汗が流れた。


 渓谷の最上から、下の方を見る。するとそこには、一体の巨大なモンスターがいた。


 渓谷の底部は楕円体にくり抜かれ、中央に聳えるのは、岩を身に纏った巨人――

 ゴーレム。


 ゴーレム。

 ハンマーなど、面で叩く武器じゃないとダメージが通りにくいモンスター。

 少なくとも、剣士が相手にすれば歯も立たないだろう。そんな相手だ。


 そして、出現位置が悪い。


 月雪澪のすぐ傍に出現し、ガードの暇も無く、拳に打たれて弾け飛んだのだ。


 モロに食らった。あれじゃ、逃げることも出来ない。


 しかし次の瞬間、渓谷の中腹ぐらいまでが一気に凍った。

 無数の氷柱が宙に浮き、ゴーレムを指す。

 氷柱の弾幕。その攻撃を必中にする、原子の運動すら止める一撃。


 そのスキルは、大衆からこう呼ばれる。


絶対零度アブソリュート・ゼロ


 だが。

 圧倒的な相性不利。その前提は、覆らない。

 ゴーレムは氷含め、殆どのスキルが無効だ。ハンマーなどの打撃攻撃しかまともに効かない。

 しかし、動きは一瞬鈍った。


 氷柱など無視して、月雪澪に拳が突き刺さる。


 何とか刀で受けたものの、もう一度突き飛ばされた。

 ドローンがその様子を追う。


「……マズい」


 少なくとも、このあり得ないイレギュラーが起きてから、二十秒も経っていない。

 助けなんて都合よく来ない。ここで、彼女の人生は終わる。


「……」


 ――いいのか。


 いや。これでいい。


 無闇にリスクを背負って、スキルを公開する必要はない。


 彼女とは何の関わりもない。

 あの言葉を聞いたくらいしか、俺には、思い出は――


『所詮』


 ……そうして。

 ここまで来て、俺は、自らの過去が抉り出される。


『人間はそんなものです』


 ――

 俺は。

 確かに、その通りだ、と同意した。


 それが、切っ掛けだった。


 そして俺は今。そんなものになることを恐れている。

 それは、諦めじゃない。

 未来の俺への、危機感。


 渚……

 渚は俺を、軽蔑するのだろうか。

 今俺は、渚の親と同じような人間になろうとしている。


 それは、それだけは。

 なんとなく、嫌だった。


 つまりは消去法。親と同じになりたくはなくて、仕方なくこの選択肢を選ぶ。

 そこには思いやりも親切心も無い。ただ、彼女自身が言った、助けないという選択肢を否定したかったのだ。


「――」


 重力、発動。


 重力。

 とは言うが実際は、指向性を持たせることが出来る。

 横向きに重力を流して、壁に立ったりだとか。そういったものが出来る。

 そしてその強度も強くすることができるのだ。


 渓谷上部から、超速で舞い降りつつ、ゴーレムに狙いを定める。

 重力は空間作用。座標を指定し、そこから重力を発生させる。

 岩の巨人。六メートル以上はある巨軀に、その空間を重力で丸ごと包む。

 空間内で細かく方向を分ける。

 そして、次の瞬間。

 ゴーレムが、バラバラになった。


 サッと、重力で衝撃をゼロにしつつ着地する。


 ゴーレムは倒れた。後は怪我人の救助だけだ。


 ドローンに映されないように、重力による光の吸収で顔を暗くしながら、重力で光の方向を捻じ曲げ、ドローンに暗い画面を映させる。

 二重の対策をした後に、ドローンの電源ボタンを切った。


「……」


 渓谷の壁に突き飛ばされた月雪澪は、大量に出血していた。

 太腿から肩へ掛けての大量出血。着物は既に破れており、中に着込んでいる防具は凹んでいる。


「大丈夫か――?」

「……ぅ……ぁ……」


 短く呼吸しながら、痛みに耐える月雪澪。


 俺は医者じゃ無い。無理なものは、無理である。

 ここから、医者の所まで連れていくしかない。


 重力で浮かせ、渓谷の上部まで飛んで戻る。


 ダンジョンでの出血は、止血より先にやることがある。

 傷口からの感染。免疫機能が低下した時にこれが重なると、余裕で死ぬ。六割はこれで死んでいる。

 ダンジョン内の細菌による感染症の対処は、知識が豊富な医者にしか出来ないものだ。

 止血より先に、医者に行け。

 免疫が低下した場合の鉄則だ。魔力で強化されているとは言え、死ぬ時は死ぬのである。


 俺は俺に出来ることをしなければならない。

 月雪澪を重力で浮かして、走り出した。

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