第44話

殺す、という単語に勝手に涙が出てくる。

家族を殺されないように、

誰も傷つけられないように、

ここに来たのに。


目の前の人が殺人犯だということを忘れたわけじゃないのに。


私の前では殺す瞬間や、殺気を見せなかったから。

実感した瞬間に背筋が凍る。


「やだっやだ、やだやめて、桔梗を、殺さないで!」

朔くんの手の中で体をよじって、俺は桔梗のところに行こうとするけど、腕をぐっと引かれて、気づけばまた、朔くんの腕の中だった。

「今までせっかく綺麗に愛してあげてたのに。桔梗ちゃん?だっけ、君が来なければさ、俺たちはこれから先もずっと、愛し合えてたわけ。」

朔くんの腕が腰をぎゅっと掴んでいて、身動きを取ろうにも取れない。

「君を殺す。俺じゃないよ。海琉が、君を殺す。」

「やだ!やめて、お願い、桔梗、やっ!」


私の無情な響きは届かなかった。

海琉さんは私の目の前で、桔梗の腹にナイフを突き立てた。首じゃなかっただけマシなのかもしれない。致命傷にはならなかったけど、放っておけば死ぬ。

少しだけ飛び散った血が、私の頬に付着して、桔梗がほんとに刺されたことを理解した。

本気で、刺すなんて。

「朔くんなんて、嫌いっ!」


朔くんの体を強く押して、私は桔梗のところに駆け寄った。

海琉さんの顔色はなぜだか真っ青で、血が着いたナイフをじっと見つめている。

武田琉花と名乗った少女は、呆然と、口を押えて立ち尽くしていた。

「桔梗!桔梗、しっかりして、起きて、やだ、桔梗、ききょう!」

「百合、私、大丈夫だから。刺さった場所、浅かったし。私は死なないよ。」

そう言った通り、桔梗は刺されたにも関わらず、わき腹を押さえながら立ち上がり、朔くんの襟元に掴みかかった。

「こんなに危ない人に、貴方なんかに、百合は渡せません。私が必ず、連れて帰ります。家族のところに。」

「物分りの悪い奴だね。海琉、お願い。」


そういうと海琉さんは目の色を変えて、後ろから桔梗の腕を縛りあげた。

近くに立っていた武田琉花も巻き込むように、縄で縛り上げる。


「海琉さん、なんで?」

海琉さんだけは、そっち側の人間ではないと信じていたから私は勝手にショックを受けていた。

ごめんね百合、そう言って海琉さんは縛りあげた2人の首筋にスタンガンを当てて、2人を気絶させた。

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