第41話
【桔梗】
渡すもんか。渡しなんてしない。
私の、私だけの百合なんだ。
この恋に気づいたのは、高校1年生の体育祭だった。
体育が苦手な百合は、種目は一つだけ出て後は応援にまわっていた。
私は体を動かすことが得意だったから、ほとんどの競技にエントリーしていた。
百合の白い肌は陽に弱い。だから全てを隠すように、アームカバーをして下は短パンでもなくジャージの長ズボン。
私と百合はずっと一緒にいるくらい仲が良かったけど、よく話が合うよね言われるほど真逆。その度、私たちは2人で笑いあっていた。
本人は気づいていないかもしれないけど、百合はモテる。男女関係なく好かれるタイプの人。
100メートル走のエントリー者のアナウンスが流れる。私は隣にいた百合に声をかけた。「桔梗、頑張ってね。」
「絶対1位とってくる!」
転ばないでよー、なんて百合の声を背にして元気よく出てきたのは良いものを、その瞬間に動いた人影が気になった。
百合の方にちらっと目を向けると、うちのクラスでもそこそこに嫌われている、女子たちが百合を囲むように絡んでいた。
助けなきゃ、そう思ったけどリレーが迫っていた。
まだかな、とソワソワしながら百合の方を見る。
少し階段になっている所にいるから少しだけど見える。
百合の周りを囲ったのは全部で、4人。
その中でも人期は美人で目立つ子が百合の顔に手を伸ばしているように見えた。
百合は人の名前はほとんど覚えられない。記憶力が乏しいのもそうだけど、私とずっと一緒にいて他の子と話すことがそもそも少なかった。だから話す子の名前は覚えられるけど、それ以外はどうしても苦手だった。
だからこそ早く行かないと。
前を見るともう出番まであと一組。スタート準備に入るしかなかった。
一刻も早く百合のところへ行く。そう意気込んで走ったからかこれまでで一番速く走れたと思う。
順位の所に座って待つんだろうがお構いなしに百合のもとへそのまま走った。
百合が手を振り上げたのが一瞬見えた気がした。
次の瞬間相手の手が振り挙げられていたが、ぎりぎりで百合のところにたどり着けた。
百合の肩を引き寄せ息を切らしながらも、相手のぐーにした手を抑えた。
「桔梗。」
「あーもう、百合に見てもらいたくて私1位取ったのに、あんた達のせいで台無しなんだけど。あとみんな見てるよ。」
私が1位でゴールして、まっすぐこっちに走ってきたからだろう。グラウンドにいる全員の視線が私たちを囲っていた人達に痛いほど向けられていた。
その人たちはその言葉にびびったように、走ってどこかに行ってしまった。
「ごめん桔梗。見れなかった。」
百合が泣きそうになりながらうつむいて言うから思わず抱きしめた。
「いいよ。百合は悪くないもん。」
百合のさっき触られた頬にゆっくり触れて、はあ、とため息をついた。
「桔梗?」
「なんでもないよ。いこ、百合。」
笑ったつもりだったのに、うまく笑えてなかったんだろうな。
複雑そうな顔をしながら、私より背が高いのに、腕を引かれながらゆっくりその場を後にした。
私はそのあとも、競技にエントリーしていたけど、百合と離れたくなくてなるべく近くにいてもらった。
私が、百合のことを好きだと実感したのは、確実にこの時。
誰かに笑いかける百合を見て、誰かに触れられる百合を見て、私のだよ、と言ってやりたい気持ちを抑えた。
一緒に過ごす時間が長くなるほど早くなる鼓動。自分の気持ちに嘘はつけなくなっていた。
あの時、好きだよと言っていれば、百合は私のものになってくれたのかな。
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