第32話

記事を見終えて2階に上がると、百合が起きていた。

ソファに体を預けて膝を抱き抱えながらテレビを見ている。

「おはよう、百合。」

後ろから声をかけると、びくっと肩を震わせて百合は俺の方を向く。

「おは、よう、朔くん」

昨日、好きだと言ってくれたことを思い出したのか、百合は俺の顔を見るなりすぐに目を逸らした。

ほんとに俺に恋してるみたいで、可愛くて。ほんのり赤くなる耳に思わずくすっと笑ってしまう。


「ねえ百合」

リモコンを握る右手に自分の指を絡めて、左手で膝ごと包むように、後ろから抱きしめた。

「な、なに?」

ぴくっと体をこわばらせながらも返事をしてくれた。

「昨日、俺、人殺しちゃったでしょ。」

「あ、」

「嫌なもの見せたなって。ごめんね。お詫びと言っちゃなんだけど、百合の好きな所に連れてくよ。」


外出しよう、と初めての声掛けに、百合は後ろを振り向いた。その顔はまるでおもちゃを買い与えられて嬉しそうな子供のようだ。実際子供なんだけど、より幼く見えて可愛い。

この家に来て1週間と少し。百合は誘拐されたからとどこかに行きたいと言ったことは無かった。

でも、俺は百合が側にいてくれたら、1人で出ていかなければ外へ行くことを縛りたくはなかった。

「どこでもいいの?」

「うん、いいよ、百合の好きなところに行こう。」


百合が指定したのは、ここから電車に1本乗れば行ける、ショッピングモールだった。

新しい服が欲しい、と百合はそこを指定したけれど、好きなところに行こうと言っておいて、俺は反対しようか迷った。


俺の顔はテレビで報道されていないからバレないものの、百合の顔は家族の提供で有名だ。そんな百合と俺がいれば、テレビの報道を見ている人間なら、俺が連続殺人犯だということに気づいてしまうんじゃないだろうか。

なるべく人の少ないところの方がいいと、言おうと思ったけれど、百合の輝かしい嬉しそうな目を見ると、断れなかった。


「わかった。でもひとつ約束して」

「うん?なに?」

「俺から手を離さないこと。マスクをちゃんとすること。それと、俺から逃げようなんて、思わないこと。」

「逃げないよ。昨日、私言ったでしょ?」

その言葉を信じて俺は海琉を呼んだ。

明日ショッピングモールに行きたいから、車を出して欲しい、そう言えば、なるべく通りの少ない道を通っていこうと言ってくれた。

少し戸惑った顔はなかったことにしておいた。

話した結果、明日は3人で朝の9時に家を出ることになった。

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