第18話

静かに気を失うように、百合は捕まえられた俺の腕の中で、意識を手放した。

生臭い香りと、べっとりとした生暖かい血の感覚に、驚いてしまったからだと思う。

百合の白く陶器のような肌に赤い血はよく映えて、ほんとうに綺麗だった。

俺の肩に顔をうずめるように倒れ込んできた百合の体を抱き抱え直して、横抱きにして寝室へ運ぶ。

「海琉、さっきの言葉はさすがに甘すぎたかな?」

俺は不安に思って海琉に言葉を投げる。

これは君のための芸術だ、なんて。

本心だった。でも言うつもりはなかったのにな。

無意識だったが、自分でもくさい言葉を吐いてしまったなと思う。

「朔は百合のことになるとほんとにダメだね。うん、さっきのはちょっとね、甘すぎた。」

海琉が遠慮なくそう言うから、だよね、と言うけれど、寝室に運んで扉を閉めて2人きりの空間になってしまえば、もはやそんな事はどうでも良かった。

百合にまだ昼ごはんを食べさせていないな。

でも、このまま眠って夜まで起きないなんてことも有り得るよな。

気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは悪いな。なんて。

殺人鬼が考えるには甘すぎることを考えた。

優しくベッドに下ろして、布団をかけてあげれば、百合は無意識に布団をかぶり直して、寝返りを打って俺の方を見る。

綺麗な寝顔。規則正しく上下する胸。


「君だけは、どこにも行かないで。」

聞こえるはずのないその声を百合の耳に届けるように呟いた。

寝ているときに言うなんてとんだ臆病者だ。でも百合はいつかふっと消えてしまいそうだから。

もう寝室を出ようと傍から立ち上がれば、百合の手が俺の手をそのまま引いていた。

驚いて彼女の方を見れば、目を覚ましているのか、まだ夢との狭間なのか。

その目はしょぼしょぼしながらもこちらを見ていた。

「どこも、行かない、から。」

「百合?」

彼女は寝ぼけているようだった。

俺が名前を呼んで聞き直した時には再びベッドに寝転び眠っていた。

求めていたものが、そこにあった。

誰かに、必要とされて、誰かのために、生きて、誰かを愛して、死んでいく。

そんな愛が俺は欲しかった。

百合を愛しているうちは、俺はひとりじゃなくなる。

どこも行かない、寝ぼけながらそういった事はきっと、起きた時には百合は覚えていないだろう。また起きたら俺に怯え泣き叫び、逃げるかもしれない。

彼女の規則的な呼吸音が部屋に響き、繋がれたままの右手は、じんわりと汗をかいてしまいそうだった。

連続殺人の犯人を目の前にして、気を失ったとはいえ、寝ぼけていたとはいえ、よくもここまで安心しきれるな。

俺が何かの手違いで君を殺してしまう可能性だって、条件を破ることだって大いにあるはずなのにどうして。

その寝顔からは一切感じとれなくて、時々漏れる甘い声に、愛おしさが増していく。

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